あの日の光景はいまも鮮やかに残っている。2002年9月17日。小泉総理(当時)が電撃的に北朝鮮を訪問し、平壌から生中継が流れた日だ。
当時、OBSのニューススタジオに、村山富市元総理を招いた。東京のTBS、平壌の現地、そして大分のOBS――3つの拠点を結ぶ生中継。政治記者としてアテンドした私はその放送席で、村山さんのすぐ隣に座っていた。
そして放送の中で、次々と衝撃的な報告が伝えられた。拉致被害者たちの生存、そして死亡の情報。横田めぐみさんの名前が読み上げられた瞬間、村山さんは静かに唸るような声を漏らした。
「……うーん、彼女もか」
深く落胆した表情が、今も脳裏に焼き付いて離れない。あの情報は、村山さんにとって信じがたいものだったに違いない。
社会党時代、北朝鮮側の主張を一定程度受け入れていた時期があった。その立場の重さ、政治家としての責任、そして一人の人間としての悲しみ――その全てが入り混じった沈黙だった。
政界を離れたあとも、取材のたびに村山さんは変わらず気さくに応じてくれた。最後にお会いしたのは去年3月。100歳の誕生日を迎える直前に自宅を訪ねると、穏やかな笑顔で迎えてくれた。帰り際、「じゃあ」と手を挙げて見送ってくれたその姿が、今も目に浮かぶ。
17日昼過ぎ、携帯電話に訃報の一報が届いた。あの笑顔がもう見られないと思うと、胸の奥が静かに痛む。政治家として、そして人として、村山富市という存在の大きさを改めて感じている。
執筆=OBS報道制作局長・兼子憲司