陸上・男子400mハードルの世界記録保持者、カルステン・ワーホルム(29、ノルウェー)がノルウェー・オスロの体育館で行ったトレーニングに密着した。東京オリンピック™と世界陸上(17年ロンドン、19年ドーハ、23年ブダペスト)で合わせて4つの金メダルを獲得してきた陸上界のスーパースターは、39歳年の離れたオラフコーチ(68)と共に、日々練習に取り組んでいる。2人がインタビューに応じ、メカニズムに沿った体調管理や、オラフ考案の独自練習、さらには栄養を意識した食事など、世界王者の生活を明かした。

乳酸数値で調子を把握

ウォーミングアップを終えて向かった先は、ランニングマシンが置いてあるトレーニングルーム。まずは、走れば走るほど抵抗が軽くなりスピードが上がる“自走式ランニングマシン”で、5秒間走を5セット実施。トップスピードを計測し、その日のコンディションを把握するところから始まるが、ワーホルムは一本走り終えるごとにオラフコーチの所へ歩み寄り、ここでも何かを計測している様子が伺えた。

ランニングマシンでトレーニングするワーホルム

Q.これは何をしている?

ワーホルム:針で指を刺して血を少し出して、血液中の乳酸濃度を測定している。オラフコーチが選手の調子を把握する意味で記録してくれているんだ。乳酸値が高いとトラブルは起こりやすい。ぼくは乳酸ができるのを遅くするよう、身体を改善していきたいと思っている。だって大概400mハードルでは46秒も走るわけだから、乳酸が少ない方が最後まで走り切れるからね。

Q.特定のリズム(スピード)をキープするのが大事ですよね。

ワーホルム:その通り。僕は最初の8つのハードルを走るのが得意だけど、終盤がいつも辛い。みんなもそうだけど走っていくと徐々に乳酸がたまってきて、同じペースで足を動かすのが辛くなる。そういう意味では、これは自分の身体の「乳酸ができる過程」をさらに理解するものなんだ。

乳酸値を測るワーホルムとオラフコーチ

オラフコーチ:このチェックをすることで、どのくらいトレーニングに体が順応しているかがわかる。我々はただ疲れるためだけにトレーニングするのではなく、アスリートとして強くなるためにトレーニングをするんだ。

Q.チェックするのは毎週?それとも毎日?

ワーホルム:最低でも週に3、4回かな。

その後は、負荷が軽いランニングマシンに変えて60秒間走を4セット実施。スタートしてから50秒間は普通のペースで走り、最後の10秒間でスピードをできるだけ上げて走るメニュー。レース本番を想定したスタミナ強化のトレーニングだ。これも走り終える度に乳酸を測定していた。

「13歩から、14歩へ」

いよいよハードルを使った練習へ。そもそも400mハードルとは、400mを走りながら、トラックの途中に設置された高さ91.4センチのハードルを合計10台跳び越えてタイムを競う種目で、ベースのスプリント力は勿論、ハードル間の歩数調整やスムーズなハードリング、さらには疲労に応じた歩数の切り替えなど、高度な技術が求められる。この日は、直線コースに3台のハードルを置き、ハードル間の歩数を13歩から14歩に変える、まさしく「歩数の切り替え」を意識した練習をおこなっていた。

ハードル練習を行うワーホルム

Q.これはどういった練習なんですか?

ワーホルム:1つ目のハードルから2つ目のハードルの歩幅を13歩、2つ目から3つ目を14歩で走るトレーニングだ。

Q.つまり、リズムを変えるんですね?

ワーホルム:そうです。本番で考えると最後の8〜10台のリズムをイメージしている。実際の400mハードルでいうと、8台目以降は体がかなり疲弊していてスピードが落ちる。乳酸が多い状態だからね。だからこそ、最初のランニングマシンで乳酸を出した後にこのハードルトレーニングをする。大会と同じ状況を作っているから、これは賢いトレーニングだと思っているよ。

乳酸がたまり、スピードが落ちて14歩に増える時のリズムをあらかじめ体になじませ、減速を最小限にする。ワーホルムは実際のレース状況を想定し、その中でも一番のスピードが出せるように、「歩数の切り替え」を意識していた。ワーホルムはこのハードルトレーニングを合計3本おこない、それぞれのタイムはオラフコーチが記録。さらに練習で扱っているハードルは、どこにでも持ち運べるようにと、オラフコーチが手作りで用意したものだ。

オラフコーチ手作りのハードル

オラフコーチ:(全体的に)とても軽い材質で作っている。例えば両サイドの柱は水道管を凍結から守るパイプ型断熱材を活用して作っている。さらにこのハードルは前側と後ろ側のどちらにでも倒れるから両側から走ることもできる。壊れることもないし、ハードルに当たって怪我をするってこともないんだ。2016年以降、全ての大会でこのハードルを持参しているよ。