引き留めた家族と、戦死した17歳の志願兵

戦地から帰ってきた祖父は、戦死した弟の等さんのことはほとんど語らなかったが、遺品からは、葬儀の際の弔辞が見つかった。

(小澤さん)
「『ヤガテ御召シノ日ヲ待チテ、ご奉公ノ誠ヲ致サバ、臣節必ズ全ウシ得ベシ』と書いてあって、『兄やんが(戦争に)行ったんだからお前まで行かんでいい』と(等さんの父は)引き留めようとしたんですけれど。『波高キ太平洋ノ運命 一ツニカカリテ我等若人ノ双肩ニアリ」とあり、等さんは『いやいや若い者が頑張らなくてどうするんだ。今まで育ててもらった恩は第一線に出てこそ生かすことができる。だから僕の願いを聞き入れてください』と言っている。やりとりが残してあったから、どんな気持ちか知ることができた」

小澤さんは記録を調べるうちに、遠い存在だった戦争と、自分との関わりを感じるようになったという。

(小澤さん)
「だんだん調べているうちに、自分がやっぱり『遺族』なんだなというふうに自覚のようなものが生まれてきて、そうなってくると、もうこのまま時間がたてば忘れられてしまう。いつかこの話が消えてしまうと思ったら、『伝えていかなきゃ』って思って、それで今に至ります」

戦死した等さんの記録を見ていた高校生。この2人も親戚に戦争へ行った人がいると話す。

(高校1年生 下田莉々奈さん)
「ひいおじいちゃんが戦争に関わっていて、会計とか事務的な仕事で戦争を支えていたというのは聞きました」

(高校1年生 加藤莉沙さん)
「母のお祖父さんが満州に行って、帰ってこられたんですけれど、母がちょっとだけ聞いたけどあまり聞けなかったらしい。戦争を知ることや調べたりすることで、自分にもできることがあるんじゃないかと思って」

(小澤さん)
「やっぱりこれから未来にも同じようなことが起こってほしくないっていうのは、みんなが思っていることで、自分のルーツを確認するのも、すごくいいことだと思う、一緒に頑張ろう」

身近な人が80年前の戦争とどう関わっていたのか。その事実を知ることは、戦争を「自分の問題」に変えていく。