壕の入り口周辺には…「防毒マスク」

さらに奥へ進むと…途中で放棄されたのか、岩に刺さったままの“削岩機”の先端部分が。

(山田さん)
「削岩機で穴を開けるんですね。穴を開けてそこに火薬を詰め込んで爆発させる」

全国で無差別爆撃が始まり、敗色濃厚だった戦争末期。それでも軍が戦争を続けようとしていたことを伝える遺構は80年の間、忘れ去られていました。

(大石)
「民間人が多く犠牲になる中で、軍人はこういったものを作っていた。むなしいですね、戦争と言うのは…」

壕の入り口周辺には、陸軍が駐屯していた証も。

(大石)
「今何が見つかりました?」
(山田さん)
「防毒マスクですね。ここから管が伸びていて顔を覆って、ここにフィルターがあって毒素を除去する」

ほかにも、陸軍のシンボルだった星のマークが入った器や、薬瓶などが見つかりました。その兵士が所属していたのが陸軍の19502部隊。

地元に住む坂井さんは…

(坂井さん)
「防空壕は戦争が始まる頃から作って、地域の住民は『何かあれば逃げろ』『あそこに入れ』と作ってくれたのかなと思っていた。なんてばかことをしたんやろう。だけど、それに携わった兵隊も気の毒。上の命令で動いたと思う」

多くの犠牲者を出しながらも続けられた戦争。人知れず埋もれようとしている地下壕は、その虚しさと悲惨さを今に伝えています。