初監督作で受賞 俳優の底力に感動

田中氏が初めて本格的にアクション監督を務めたのが、『CRISIS』だった。ここでの経験が、彼のアクション演出に対する考え方に大きな影響を与えている。
「出演されていた俳優の皆さんの身体能力が素晴らしかったんです」と田中氏は振り返る。「僕たちは動きのあるシーンを設計する立場ですが、そこに俳優の芝居が乗ることで、アクションに厚みが生まれる。あの撮影現場では、まさにそういう瞬間がたくさんありました」。
特に印象的だったのは、俳優たちがアクションの“完成形”を想像しながら演じてくれたことだという。単に教わったアクションを型通りにこなすのではなく、演技としてアクションを成立させようとする姿勢が、何よりうれしかったという。
「僕たちの想像で作った動きを、俳優の皆さんが撮影現場で“自分のもの”にしてくれる。その過程を見るのが本当に楽しいですし、あの時の経験が、自分の中で1つの基準になっています」。
アクションは、演出家やアクション監督の“作品”であると同時に、俳優の“表現”でもある。その両方がかみ合ったとき、初めて見る者の心を動かすシーンになるのだ。同作の撮影現場は、田中氏にとって、そうした“理想的な関係性”を体感できた特別な時間だった。
アクション映画の本場・香港で学んだこと
田中氏がアクションの世界に足を踏み入れたのは、大学卒業後のこと。「もともと弟がこの業界にいて、特別なきっかけというより身近にその世界があったからなんです」と語る。中学生の頃から物珍しさで地元のアクション教室に通ってはいたが、当時は「趣味の延長」のような感覚だったという。
ところが映像業界に入ってから、視野は大きく広がっていく。その1つが、香港映画でのスタントマンとしての経験だ。中でも、世界的アクションスターのドニー・イェン氏が出演する作品に複数参加したことは、特に印象深かった。「4作品ほど関わらせてもらいましたが、あの環境は特別でした。言い訳せず、とにかくやるという姿勢が貫かれていて。ノーと言えない空気の中で、緊張感を持って挑むことの大切さを学びました」。
この“真剣勝負”の経験は、今の演出姿勢にも強く影響している。「とにかく何とかする、というマインドですね。だから今も、なるべく工夫で乗り切れる方法を考えるようにしています」。アクション監督としての柔軟性と責任感は、こうした国際的な撮影現場で培われた。