ひざが曲がった状態でキックする走り

もうひとつの特徴として、後方脚のヒザを伸ばさずに地面をキックしていることがある。100m選手の大半がヒザを伸ばし切っていないが、守はヒザの角度が他の選手より小さい段階でキックしている。その方がキック脚が後方に残らず、素速く前に引き出すことができるからだ。横から撮影した動画で他の選手と比べれば、明確に違いがわかる。その動きをしっかり行うために「ヒザの力を抜く」(守)ことを意識しているという。

佐藤監督は「ヒザの力を抜くことで股関節主導の動きになり、地面からの反発をもらいやすい」と説明する。「ヒザが少し曲がった状態を感覚として維持することで、力に頼らない重心移動がしやすくなります」

7月上旬の日本選手権では、「準決勝ではヒザの力が抜けて、良い動きができ(3組)1位通過ができました」と守。「しかしまだ完全に、その動きが身に付いていません。決勝は接戦になって力が入り7位でした」

記録を狙い過ぎて力んでも同じように失敗してしまうが、富士北麓では「ひざのたわみが上手くハマって、脚を前に返していくイメージ」で走ることができた。

佐藤監督は守のことを「ヒザ関節のコントロールが絶妙」だと評価している。そのコントロールが富士北麓のように良い形でできれば、10秒00前後の記録を再現できるようになる。

同学年に栁田、井上ら強力メンバー

守の同学年には栁田大輝(22、東洋大4年)や井上直紀(21、早大4年)がいる。「強力な同期ばかりで、インカレで切磋琢磨してきたことがよかったと思います。変に意識はしませんが、同期に負けたくない気持ちはあります」

栁田は23年のブダペスト世界陸上100mで準決勝まで進んだ選手で、今年のアジア選手権は2連勝した。ゴールデングランプリでも2連勝するなど、強力学年の中でも一歩リードしている。大きなストライドが特徴だが、序盤から中盤でリードを奪う前半型で、守とは対照的なタイプである。

井上は全日本中学選手権の優勝者で、今年の織田記念に優勝した。5月の世界リレー選手権では日本の4走として快走している。ストライド型だが終盤で伸びてくるところは守と同じである。

最初に標準記録に到達したのが守になったが、同学年3人の対決は、今後の日本短距離界を盛り上げそうだ。

先輩選手と後輩選手からも刺激を得ている。同じ富士北麓ワールドトライアルの1つ前の組で、桐生が9秒99(追い風1.5m)で走った。「会場に記録が出る雰囲気がありました。自分も集中すれば記録が出る」。桐生とは日本選手権の準決勝を一緒に走り、0.01秒先着していた。

また高校生の清水空跳(16、星稜高2年)が、7月後半のインターハイで10秒00(追い風1.7m)を出したレースは、「ライブ配信で見ていました。負けていられない。自分もどこかで出してやろう」と気合いが入った。

桐生は10年以上もこの種目を牽引してきた選手だが、日本の男子100mに新たな力が台頭していることの象徴が、今回の守の10秒00だったのかもしれない。