AIによるマッチングにより映像との対話を実現

では、なぜ西岡さんの映像と対話ができるのか。「対話型語り部講話システム」を開発したのは、浜松市に本社があり、東京港区に東京支社を持つ「シルバコンパス」。取締役の阿部恭久さんは、AIの技術によって対話を実現していると説明する。

「視聴者の質問を音声認識し意味を理解する部分と、質問と西岡さんが回答する映像を高速でマッチングする部分に、AIの技術を活用しています。質問と回答の内容を学習させることで、質問の回答にふさわしい映像をAIが瞬時に見つけ出します。この技術をはじめ、多数の特許を取得しました」

シルバコンパス 阿部恭久取締役

開発を始めたきっかけは2018年だった。国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館の当時の館長から、「被爆者の体験談を、より記憶に残る対話体験として後世に残せないか」と相談を受けたことだった。被爆者が命がけで後世に体験を伝えている熱意に触れたことで、AIを活用した対話システムの「Talk With」の開発を始めた。

ただ、コロナ禍などによって、長崎の平和祈念館での採用は実現しなかった。それでも「Talk With」が2021年に完成したことで、全国の団体などに語り部映像の制作を呼びかける。その結果、浜松市の遺族会と戦災遺族会の協力で2022年6月に披露したのが、神奈川県が知った、浜松大空襲の経験者による対話型の語り部映像だった。

「Talk With」でこだわっているのは、語り部の映像との会話が自然に感じられることだ。会話の間の取り方に違和感がないように、語り部の話し方のテンポにあった間を作ることができる。違和感を取り除くことで没入感が高まり、記憶にも強く残ると阿部取締役は説明する。

「ただ話を聞くだけでなく、目を見て対話する体験を通して記憶に強く残すことが、このシステムに込めた重要なテーマです。映像そのものや会話のテンポに少しでも違和感があると没入しにくくなります。長年研究してきたことが、技術の進化によって実現できました」

証言収録時は感情のこもった言葉をひたすら待つ

また、事前の準備では、講話の内容を踏まえた質問を多数考えて、質問に答えてもらった映像を多数収録する。それは、語り部が実際に話した言葉を、AIが正確に質問とマッチングするためだ。

様々な視聴者から質問されると考えられる内容をAIが予測し、予測された数千問以上の質問の中から、さらに人間が吟味して、より重要な質問に絞り込む構成も設けている。

回答はAIが生成するわけではない。語り部に「好きな食べ物はなんですか」と本題と関係ないことを聞いても、「その質問にはうまく答えられません」と返ってくる。回答できるのは、戦争体験について語り部本人が話したことだけだ。映像も生成AIではなく、収録した実際の映像を見せている。

証言は決して歪められてはいけない。その思いから、収録でも演出を一切加えていない。本人の声だけを収録することに集中し、様々な角度から問いかけを繰り返して、戦争当時を振り返って感情のこもった言葉が絞り出される瞬間をひたすら待つことが、収録時には重要になる。