■キャリアわずか2年で北京出店のチャンスが
2011年10月、上海での1年の勤務を終え日本に戻ったところ、上海で出会った中国人のパートナーから「一緒に北京でお店を出さない?」と提案されます。
日本に長く暮らした経験のあるそのパートナーが「日本のケーキは北京の人にも受け入れられるはず!」と森田さんの背中を押したのです。
「一般的には独立に10年はかかるパティシエの世界で、たった2年の経験しかない自分が、まして海外で独立できるのか不安でした。ですが、中国人スタッフと共に上海で店の立ち上げから経験できたおかげで何とかなるんじゃないかと思ったんです」
当時、北京をはじめ中国のほとんどの都市ではケーキを食べる習慣がありませんでした。そもそもケーキは日常的に食べるものではなく、誕生日などの祝い事の席で年に数回食べる程度の珍しいものでした。しかも、中国のケーキは植物性の風味に乏しいクリームが大半で、日本では一般的なコクのあるおいしい動物性のクリームを使ったケーキが少なかった上に、一般の人の手の届く範囲においしいスイーツ店はありませんでした。だからこそ、森田さんは北京の人に「日本のケーキのおいしさ」を伝えたかったといいます。
思い立ったら行動!を信条とする森田さん。翌年1月には北京に入り、店舗設計、材料入手ルートの開拓、調理機材の仕入れ先探しなど第1号店に向けて動き出します。
■中国人はモンブランが苦手!?“保守的”な中国人の味覚に悪戦苦闘
2012年6月、ついに北京にBooth’s cake1号店をオープン。


開店当初は、北京ではまだ珍しかった日本式ケーキを買うお客さんはなかなか現れず、売り上げが伸び悩みました。しかし、実際に食べてくれた中国人がアップしたSNSの投稿が徐々に評判を呼び、翌年2月に大きなチャンスが訪れます。
中国国営放送のグルメ番組でBooth’s cakeが特集され、番組を観た人たちが店に殺到。店の前には大行列ができ、それから半年近くその列が途絶えることはなかったといいます。
「当時北京ではスイーツ店の競合も少なかった上、中国がものすごい勢いで経済成長し、お客さんの購買力も上がってきたころだったので時期も良かったです」

メディアに取り上げられたことで店の経営は軌道に乗り始めました。しかし森田さんの試行錯誤は続きます。森田さんが創作した様々な種類のオリジナルケーキを店頭で販売し、中国人のお客さんの反応を観察する中で、中国人と日本人の食に対する大きな考え方の違いに気がついたといいます。
「日本人に比べて中国人は食に関してはとにかく保守的です。
日本でオシャレだと人気があるものも、中国では、中国人の理解の範囲を超えたものだ、と受け止められると売れないのです。とにかくシンプルに・わかりやすいものだけが中国の人々に受け入れられます。
たとえば、ムースとタルトを組み合わせた一度で色々な味が楽しめるようなスイーツは受け入れてもらえませんでした。加えて日本では定番のモンブランも中国人は見慣れておらず、今まで試行錯誤を繰り返しましたが未だに受け入れてもらえません。そこでロールケーキやチーズケーキのような見て味がイメージしやすいスイーツを主力商品にすることにしたのです」

日本の大手スイーツ会社は、日本で流行っている最先端のスイーツをそのまま中国で展開します。しかし、習慣的にケーキを食べない中国人にとって、そのようなケーキは見た目も味も複雑すぎて受け入れられず、撤退に追い込まれるということが何度かあったと森田さんは話します。
中国に3年間暮らした経験がある筆者も「中国人は甘いものが苦手だからケーキを食べない」と中国人の友人からよく聞くことがあります。
そのことについて森田さんに聞いてみると、中国人は甘いものが苦手なわけではなくケーキを食べ慣れていないだけだと話します。中国人はアイスクリームなど甘いものも好んで食べる。しかし、子供のころから食べる経験が少なかったケーキについては慣れていないため味に抵抗を感じているのではないか。これも食に対して保守的な中国人の反応の一つだと分析します。