世界最大、14億人の人口を抱える中国。しかし、来年にはインドに抜かれ、世界第2位になると予測されています。中国で急激に進む少子高齢化は徐々に中国の国力を削ぎ、経済を停滞させるのではないかとの指摘もあります。中国の人口減少は何をもたらすのか。フランスの歴史人口学者エマニュエル・トッド氏に聞きました。

■「東アジアで進む少子化 原因は「女性の地位の低さ」」

ーー中国の急激な少子化をどう見ますか?

トッド氏:
中国の少子化は、予想をはるかに上回るスピードで進んでいます。そして中国の人口はこの先減少に転じます。私が最初に感じたのは「中国は我々が思うよりもずっと正常だ」ということです。韓国、日本、台湾。これらは「超少子化地域」と呼ばれています。日本の合計特殊出生率は1.34,台湾は0.89,韓国は0.81です。子どもの数が少ない。つまり東アジアの社会には何かがあり、それが少子化を招いているのです。

その点からみると東アジアの国である中国が少子化になるのは、ごく普通に見えます。少子化の原因。それは女性の地位が低いからだと思います。儒教の伝統が関係しているのでしょうね。東アジアの社会は高齢者の介護にエネルギーを使いすぎていると思います。特に韓国でそれが顕著に現れていると思います。子どもを産み、育てることにエネルギーが向かないのです。つまり、仕事に加え、親の介護が重くのしかかっているのです。子どもたちは大変です。政治体制が違うにも関わらず、中国もまた「超少子化地域」に入るということはとても興味深いことです。

いずれにしても私は、中国は少子化の時代が続くと思います。その一方で老人の数は急激に増加する。つまりこれは中国がますます西欧に似てくるということです。本来、私たちの社会は、何も考えずに結婚し、子どもを作ることが当たり前の社会でした。それが家族、国家の再生産、ひいては人類という種の再生産を確実なものにしていたのです。しかし中国の出生率の低下を目の当たりにして、つまり政治体制は違っても、中国人は私たちと同じ人間、利己的な人間であるということがわかります。子どもを作ると大変なのは大人なのですから。政治的な対立があったとしても出生率の低下という部分に共通の人間性を見出し、深い人間性の部分で、我々は決して対立していないことを知るのです。

■「世界の工場」中国の崩壊

ーー中国で進む少子化によって今後、どのような問題が起きると思いますか?

トッド氏:
これまで少子化を経験した先進国は、いずれも小・中規模の国で、労働力不足を補うために外部に労働力を求めることができました。例えばドイツには大量の移民がいて、そのおかげでドイツは発展し続けています。

日本の人口は減っています。しかし日本企業は海外に移転することを選びました。特に中国に移転しました。そのおかげで日本社会は、少なくとも生産性を維持することができたのです。

中国は大きな国です。人口は14億人で、海外からの労働力の補給はありません。最も注意すべき点は、中国の少子化が進み労働力が減少すると、全世界のバランスが崩れてしまう点です。中国は「世界の工場」になりました。中国の人口減少は「世界の工場」が崩壊することを意味します。特に中国製品に依存している欧米諸国では、中国の労働人口が減少し、生産活動が低下すれば、大きな影響を受けるでしょう。

■中国の人口減少は日本に深刻な影響を与える

欧米よりも深刻な影響を受けるのは日本です。地政学的な面から見れば、中国の人口減少は「中国が世界を支配する勢力になることはない」という意味で、ひとつの安心材料にはなるでしょう。しかし、経済的にはそうではありません。経済的には恐ろしいことです。なぜなら日中は経済的に一体であるからです。

中国と日本の間には、今、人口問題という、ともに解決しなくてはならない問題があります。それは決して戦争や紛争によって解決されるものではないのです。

【国連の推計によると、中国の総人口は14億1178万人。2020年の合計特殊出生率は1.3。中国の生産年齢人口(15歳から64歳)は2013年の10億1041万人をピークに減少。2050年にかけて2億1693万人減少する見通し】

■「中国がアメリカにとって代わることはない」

アメリカは先進国の中では数少ない、人口が増え続ける国です。しかし、アメリカの若い世代で高等教育、特に科学や工学の教育を受けている割合は7%と非常に低い。ロシアは23%です。中国はロシアに近いです。つまりアメリカは人口では勝っている。しかし、中国のエンジニアは今急速に増えていますから、これはアメリカにとっては戦略的に大失敗だと思いますね。中国は今、科学者、技術者を急増させているので、アメリカとの国力の差をそこで挽回するつもりなのでしょう。中国で戦争に必要なものを作る若い科学者や技術者は今後20年、増え続けるのですから中国としては問題ない。アメリカはそこが足りないので、中国の人口が将来的に減っていくのはアメリカにとって歓迎すべきことと思います。しかし、中国は第二次世界大戦後のアメリカのようなグローバルパワーには決してなれない。第二次世界大戦後、アメリカは世界の工業製品の45%を生産し、ヨーロッパから逃れてきたエリート科学者を受け入れました。そして世界共通の言語、英語を使っています。そのうえで非常に大きな人口の拡大があったのです。つまり、戦争で敵対勢力がすべて壊滅したところでアメリカはすべての権力を手に入れたのです。

中国はアメリカのような立場になることは決してないでしょう。なぜなら人口減少があまりにも早く進みすぎているからです。しかし、当面は科学者や技術者の数を増やすことで、世界的に欠くことのできない重要なパワーであり続けるでしょう。

■人口減少で「台湾統一」が加速する?

アメリカは「人口減少問題がないから、将来もっと強くなれる」と思っています。それに対し、人口が減少する中国は「台湾を支配するのは、あまり長くは待てない」という気持ちが生まれることは考えられます。

従来の覇権国家と台頭する新興国家が衝突する「トゥキディデスの罠」という言葉があります。「トゥキディデスの罠」として、スパルタがアテネの台頭を恐れた時のことを描いている本があります。現代に置き換えれば、アメリカが中国の台頭を恐れていると。しかしアテネは人口的には拡大している国でした。中国はそうではありません。人口的に拡大していません。そこに誤解があります。

■習近平氏の三選で「閉鎖的方向は続く」

ーー習近平国家主席(党総書記)の三選で、中国はどのような方向に向かうと思いますか?

トッド氏:
中国は事実上、閉鎖的な方向に舵を切りました。アメリカとの対立を受けてです。しかし国際情勢の奇妙なところは、米中の2大大国が経済的にお互いを不可欠な存在だと思っていることです。

中国の開放的な時代は終わったと人々は感じています。習氏の三選はその道を維持するだけでしょう。

北京支局長:立山芽以子 パリ支局:ジュール・クスモン