「悔しすぎたので」予定外の高さを跳び続けた赤松

赤松は踏み切り脚の左足小指を昨年3月に手術した。23年から痛みがあり、今もボルトが入った状態だ。それでも昨年のパリ五輪は2m31の自己新で5位に入賞した。痛みが出ない工夫が必要な状態で競技を続け、メダルを目標としている。

日本選手権は試合当日の練習から、2m25までは跳べる感触があった。「2m25を跳んで3位以内を確保したら、29はやめるつもり」だった。しかし「真野君に2m29を跳ばれて、悔しくて跳び続けてしまいました」と笑いながら説明した。その2m29を2回失敗すると3回目をパス。「2m29を跳んでも優勝できませんでしたし、足はちょっと痛かったのですが、あまりにも悔しすぎたので2m33に挑戦してしまいました」と、これも笑いながらコメント。

Road to Tokyo 2025の順位で世界陸上代表入りはほぼ間違いなく、日本選手権の勝敗にこだわる必要はない。だが真野には負けたくない。その気持ちが勝負どころで表れ、2m33の高さに真野とともに挑んだ。真野の2回目は惜しい跳躍だったが、1回しかトライする権利のなかった赤松は、良い形の跳躍にもっていけずに終了となった。「今の状態では無理な高さで、もう1段階、2段階ステップアップしないと届かない。やるべきことが改めてわかりました」。

赤松が“やるべきこと”は技術的なことよりも、「スプリントとウエイトトレーニング」を中心に、フィジカル面を整えていくことだ。赤松のレベルと経験があるからできることだが、昨年は6月の日本選手権から8月のパリ五輪まで、跳躍練習とジャンプトレーニングはまったく行わなかった。

今年の日本選手権前も、跳躍練習は試合の2週前に一度、低い高さで行っただけだった。「だいたい前回試合の記憶が感覚として残っていて、スプリントとウエイトトレーニングができていればあとは、当日の跳躍練習でタータン(全天候舗装)の状況や、コンディション的なところをつかめればイケます。そこが僕の中では確立されています」

現時点では、足に負担をかけないために「世界陸上まで試合には出場しない予定」だ。つまり今回の国立競技場で真野とともに跳んだ感覚を、世界陸上本番で思い出しながら微調整をしていく。

真野はオレゴン世界陸上の22年シーズン以上の手応え

一方の真野は試合にも出場していく。「標準記録の有効期限(8月24日)まで、2m33を意識しながら取り組んでいきます」。その高さを跳べる手応えを、日本選手権でつかんだ。
「去年、一昨年と納得のいく跳躍がなかなかできなかったのですが、今シーズンは良い状態で来ています。今日は最初の2m15で苦戦しましたが徐々に状態が上がってきて、2m29の1回目で一番良い跳躍ができました。2m33も2回目は僅かに当たって落としてしまいましたが、良い感触がありました。その跳躍がコンスタントにできれば跳べない高さではありません」

真野は20年に初めて大台となる2m31に成功し、21年、22年も2m30を跳び続けた。22年にはオレゴン世界陸上で8位入賞も果たした。だが23年は2m29、24年は2m27がシーズンベストで、ブダペスト世界陸上とパリ五輪は予選落ち。赤松との対決も、23年杭州アジア大会を最後に負け続けていた。

「世界で結果を出している赤松さんに勝てたことは自信になりますし、どんな試合展開でも自分の跳躍ができれば勝ちきることができたことも自信につながります。オレゴンは絶対にやってやるぞ、という気持ちにはなれませんでしたが、今回の東京世界陸上は入賞争いはもちろんのこと、メダルも狙える位置にいる。そういう気持ちで戦えると思います」

近年の五輪&世界陸上を見るとメダル獲得ラインは2m35前後の高さで、真野、赤松とも可能性はある。日本の跳躍種目でメダルを狙う選手が複数現れたのは、世界陸上では初めての状況だ。9月16日の夜10時頃だろうか。男子走高跳初のメダルに挑戦している2人の姿を、国立競技場で見ることができる。

※写真:真野選手(左)、赤松選手(右)

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)