9月開催の東京2025世界陸上の最重要選考競技会である日本選手権が、7月4~6日に東京・国立競技場で行われる。女子400mは史上最高レベルの戦いになり、久しぶりに注目を集める。前回優勝者の松本奈菜子(28、東邦銀行)が今季は静岡国際で52秒14と自身の日本歴代2位記録を更新。アジア選手権も52秒17で、日本勢16年ぶりの優勝を飾った。その松本を静岡国際で破ったのが、当時ペルー国籍だったフロレス アリエ(21、日体大3年)で、51秒71と日本記録の51秒75を上回るタイムを出した。フロレスはその後日本国籍を取得。日本一を決める舞台で2人が激突する。
フロレスが成長した“心技体”
静岡国際でいきなり記録を出した印象が強いが、フロレスは昨年も日本インカレの200mと400mに優勝している。国民スポーツ大会300mでは36秒79で優勝。2位の松本が36秒93の日本記録だったので、静岡国際で松本に勝つことも想定の範囲内ではあった。それ以前は主要大会の優勝はなく、高校2年時(21年)にインターハイ400mで6位に入賞したくらいである。
しかし記録的にはサプライズだった。高校時代は2年時の55秒41がベストで、それを大学2年時の昨年、53秒03と2秒以上縮めると、今年の400m初戦だった静岡国際で一気に51秒71で走ってみせた。フロレス自身、記録の感想を次のように話した。
「走りが良かったら53秒、運が良かったら52秒とコーチと話していて、51秒台はまったく頭にありませんでした。前半がいつもより速くて、最後の100mが競っている状態でも硬くならずに走れたことが、タイムにつながったと思います」
高校時代に前半から飛ばして潰れた経験があり、「前半からスピードに乗ることに恐怖感があった」と日体大の大塚光雄コーチは言う。日体大入学後は後半をしっかり走るところから取り組み、前半は目安とする選手に付いていったり、何メートルくらいで外側の選手を抜いたり、という形で走り方を指示してきた。静岡国際でも2レーン外側の松本に付いて走ったことが功を奏した。
それが可能になったのは、フロレスの総合的な力が付いたからだ。大塚コーチは心技体に分けて説明する。
「“心”の部分では、緊張を良い走りに結びつけられる選手です。日体大短距離ブロックの練習時間は1日1時間半と短いのですが、練習も試合の雰囲気で行います。試合は練習の雰囲気で臨むことができます。プレッシャーに押しつぶされることがありません」
フロレスも大塚コーチも、“技”としてはストライドの大きさを、“体”としては上半身の筋力アップを挙げた。「上半身の筋トレと(全体的な)ウエイトトレーニングを増やして、ベンチプレスは以前は20kgでしたが今は40kgが挙がるようになりました。それで腕が大きく振れるようになり、それによってストライドが無理に伸ばさなくても広がっています」(フロレス)
53秒を切ったレースはまだ、静岡国際と関東インカレ(52秒82)の2回だけ。経験という部分で劣るが、レースパターンをしっかりと考え、練習も自主的に筋力トレーニングを行うなどして、自身が成長できている実感がある。
「今後の目標は日本選手権の優勝と、世界陸上の混合マイル(男女混合4×400mリレー)の代表入りすることです」
静岡国際、関東インカレ、日本インカレと同じ内容を話したが、その口調は徐々に力強くなった。
松本がアジア選手権で見せた進歩
松本奈菜子は高校(浜松市立高)3年時に日本選手権を54秒00で制している。その後7年間は勝てなかったが、22年に2度目の優勝を果たし、記録も22年に52秒台に入った。23年は故障があったシーズンで日本選手権も4位と敗れたが、24年は日本選手権で3度目の優勝を飾り、52秒29(日本歴代2位)を筆頭に52台も3回マークした。
そして今季は静岡国際、アジア選手権の予選・決勝と3回、昨年の52秒29を上回った。今年で29歳になるが、充実した様子がレース後の表情などにも表れている。
「23、24年とケガが続いて、昨年の日本選手権200mで肉離れをしたときに、2か月半かけて走り方を徹底的に変えました。秋に52秒29を出してから52秒台でまとめるレースを続けられて、冬期の間もインドアの試合などに出て、スピードやその感触を維持できました。アベレージが高い走りのまま冬期練習を行うことができたのがよかったと思います」
しかし静岡国際、木南記念(52秒88)では、「スピード感とレース展開のバランスを取ることができなかった」という。詳しくは後述するが、200~300mで思うようなスピードが出なかった。それが良い形にできたのがアジア選手権だった。その課題がクリアできれば記録はまだまだ伸びる。
「日本記録を出したい気持ちもありますし、手応えは今シーズン、一番感じていますがあまり気張らず、最大限のパフォーマンスをしたら実現できる。そう考えるようにしています」
今年の日本選手権は、日本記録での決着になりそうな雰囲気になっている。

















