中国当局の思惑と国際社会への影響

中国当局はダライ・ラマ14世を「分離・独立主義者」と決めつけ、当然、後継者選びに関して14世の方針を認めないでしょう。中国は「ダライ・ラマという宗教的地位とその称号は、中国中央政府が定める」と言っています。つまり、「後継者を決めるのは、ダライ・ラマではない。北京だ。自分たちで選ぶ」ということです。中国当局がお墨付きを与え、いわば中国共産党によるダライ・ラマ15世を作り、90歳になる14世が世を去った後、このチベット問題に決着をつける――そのような計算があるのでしょう。

14世が2日に公表する声明がどのような内容であれ、中国当局は即時に対応できるよう準備を済ませているはずです。

これは単なる宗教問題にとどまらないでしょう。そうなれば、アメリカやヨーロッパといった中国とは別の価値観を持つ国々は、「宗教弾圧」と中国を非難するだけではありません。ましてやダライ・ラマ14世はノーベル平和賞受賞者でもあります。少数民族問題や貿易など、外交にも影響を及ぼす可能性があります。

ダライ・ラマの声明に注目しているのは、インドをはじめ世界各地に亡命したチベット人だけではありません。とりわけ固唾をのんで待つのは、ダライ・ラマを崇拝しながら、中国のチベットで暮らすチベット人、つまり本のタイトルにある「the Voiceless」(声なき者たち)でしょう。共産党指導部は、同化政策によって、彼らに対してチベット語の使用を制限し、標準語や共産党思想の教育を徹底しています。その締め付けは、習近平政権になって一段と厳しさを増しています。

声を上げられないチベット人たちは、ダライ・ラマが決めることなら、声を上げられなくても、心の中で受け入れるでしょう。信仰心の篤いチベットの人たちにとって、最も大切な存在だからです。90歳を迎え、後継問題がより現実的になる中、チベットの人たちにとって、ダライ・ラマ14世が遠くインドにいても、その思いは変わらないのでしょう。そして、そのことは、共産党政権には決して容認できない事態でもあるのです。

ダライ・ラマ14世が発表するという、後継者選びに関する声明。果たしてどのような内容になるのか、7月2日の発表が注目されます。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める