1945年8月9日 当時24歳の片岡ツヨさんは、爆心地から北に1.4キロの三菱兵器大橋工場で働いていた時に被爆しました。

片岡さんは原爆の熱線で大やけどをして、顔などにケロイドが残りました。
片岡さんはきょうだいなど13人の親族を原爆で失いそしてケロイド、病気、貧困のために辛い人生が続きました。

先祖代々浦上地区のカトリック信徒でだった片岡さん
1981年ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世が長崎を訪問した際、教皇の言葉が片岡さんの考えを変えました。

カトリックの信仰を心の支えに被爆体験を語り、核兵器廃絶と平和を訴え続けた片岡さん。2014年12月に93歳で亡くなりました。