作品に投影されたやなせたかしの壮絶な人生
中山:
アンパンマンの本質というのは、やなせさんが人生のなかで大切な人を失ってきた物語が全てそこに詰まっているということです。
彼は1919年、大正時代に生まれました。お父さんは結構エリートで講談社に行ったり、朝日新聞に行ったりしていましたが、その後満州で亡くなられてしまうんです。
残されたのはお母さんと、そして弟さんでした。弟さんはすごくイケメンで勉強もできるスーパーマンみたいな子だったそうです。コンプレックスもあったそうですが、そんな弟さんは養子に出され、お母さんと2人になりました。
お母さんは綺麗で、おしゃれな人で、ドキンちゃんみたいな人だったらしいです。そのお母さんが再婚の時にいなくなってしまうんです。父親を4歳で亡くして、6歳の時にお母さんが、「あなた体が悪いから元気になったら戻ってくるよ」みたいな感じでいなくなってしまいました。おそらくあの当時、子どもがいたら再婚できなかったのでしょうね。
野村:
そういうことですね。
中山:
お母さんがいなくなった後に、弟さんが引き取られたおじさんに預けらましたが、やなせさんの名前はずっと「やなせ」のままなのです。彼だけやはり少し、外の養子のような感じだったと。それでもおじさんは「第2の父」のような存在になっていましたが、戦前に亡くなりました。
そして戦争が始まりました。1944年のこと、弟さんが戦死してしまいます。
自分も中国から帰ってきて、生き残った、腹が減った、アンパンはすごく美味しかったな、などの思い出を抱えながら、弟も亡くしている。親族は全員いない状態の中から身を立ててイラストレーターで生きてきました。
こうしたなか、高知新聞社で出会ったのが妻となる暢さんです。朝ドラ『あんぱん』で今田美桜さんが演じられている役のモデルですね。ただ、その妻はアニメで大成功したぞという後に、ガンで亡くなられてしまうんです。
そこから20年生きたやなせさんは、「失った物語」を抱え、そして正義と悪のようなものをずっと戦争でまざまざと見てきた。本当に厳しい軍隊の中で生きて戻ってきたら、国はアメリカ万歳になっている、みたいな。だから、アンパンマンは正義と悪が混在する物語というか、悪を懲らしめない。ばいきんまんを殺さないですもんね。
野村:
そうなんですよね。
中山:
あとやはりアンパンマンは弱りながら助けると。助けるということは何かを与えなければいけないから、自分がどんどん失われていく。正義はやはり何かを犠牲にして、余裕のある人間しかできないのだとか。善悪ではないんですよね。
「アンパンマン」には、いろんなものをカビらせてしまう「かびるんるん」とかもいるじゃないですか。面白いなと思ったのは、パンは菌がないとできないんですよね。
野村:
そうですね。
中山:
だから、アンパンマンにしてもかびるんるんにしても、ばいきんまんも生態系のひとつで、共に生きてきたものだし、悪いことをしたらその行いは懲らしめるけれど、徹底的にやり込めない。
アンパン自体が外側は洋風のパンで、中身はアンコで日本人。ここで西洋と日本のアナロジーとか、戦争で正義と悪が逆転した瞬間とか、家族を失ったこととか、彼の中の人生のモヤモヤが全部詰まっているなと。
野村:
アンパンマンというキャラクターの歴史の長さを改めて感じました。