100キロ先の病院へ避難…到着したころ、花梨ちゃんは

当時の熊本市民病院は国の耐震基準を満たしておらず、病棟は損壊。花梨ちゃんは避難を余儀なくされ、100キロ以上離れた福岡市内の病院に運ばれました。

2016年当時の熊本市民病院

宮﨑さくらさん「(福岡に)着いたときに私が見た花梨は、転院する前の花梨とは違う姿だった」

長時間の移動が負担となった花梨ちゃんは、本震の5日後に息を引き取りました。「幼稚園に通いたい」という花梨ちゃんの夢は叶いませんでした。

おさがりの幼稚園の服を着た花梨ちゃん

安全と信じていた病院が地震で機能しなくなり、最愛の娘を失った宮崎さん。地震と娘の死との因果関係は明らかでしたが、当初は災害関連死の申請をためらったといいます。

宮﨑さん「関連死に花梨が認められたとして何が変わるのか。花梨が帰ってくる訳でもないし。本当にそっとしておいて欲しいという気持ちの方が強かった」

それでも、宮崎さんは「花梨ちゃんのために」と、災害関連死の申請を決断しました。