「人間洗濯機」 55年前の開発者の思いとは?

「人間洗濯機」の開発を託された元・三洋電機の山谷英二さん。
元三洋電機 山谷英二氏:
僕があのまま続けてやってたら、ものにしていた。ある日僕の上司のところに電話が入り、「人間洗う機械を作れ」と。とりあえず会長が満足されるような人間洗濯機を作ろうと。
しかし、専属の社員は山谷さんのみだったため事実上、一人で開発をしていたという。

元三洋電機 山谷英二氏:
人間洗濯機が(万博で)故障せずに毎日動いてくれたらいいなレベル。万博そのものが成功するとかしないとか、人間洗濯機がどんな評価を受けるとか、そういう余裕はなかった。
山谷さんは、万博開催後に、人事異動で部署が変わり商品化実現には至らなかったが、現在は「ミライ人間洗濯機」のアドバイザーとして開発に協力している。