日本の教育は今、大きな転換期を迎えている。生徒1人ひとりの学びを深めるための環境整備や教師の役割の再定義が求められるなか、教育現場では何ができるのか。現在放送中の学園ドラマ、日曜劇場『御上先生』(TBS系)で学校教育監修を務める工藤勇一氏は、「今の教育システムはこのままでは機能しなくなる」と警鐘を鳴らす。
工藤氏は、千代田区立麹町中学校の校長として、宿題や定期テストの廃止、固定担任制の見直しなど、従来の教育の枠を超えた改革を実施したことで知られる。その後、横浜創英中学・高等学校の校長を務め、現在は教育改革実践家として講演や執筆活動を行いながら、日本の教育の在り方を問い続けている。
今の学校は、子どもたちにとって本当に学びの場になっているのか。工藤氏の視点から、その課題を探る。
学園ドラマが教育現場に与えてきた“功罪”

工藤氏は『御上先生』の企画段階でプロデューサー陣と教育の現状について深く議論を交わしたという。特に、過去の学園ドラマが教育現場に与えた影響について触れ、「ある学園ドラマが放送されるたびに、日本中の学校が荒れた」と指摘する。
「ドラマの中で教師が悪者として描かれることで、学校の在り方そのものが問題視されるようになったんです。実際に理不尽な教師もいたかもしれませんが、メディアが強調することで、学校全体に対する不信感を生んでしまった」と工藤氏。
一方で、学園ドラマは社会にとって重要な役割を果たしてきた側面もある。「過去の学園ドラマは、いじめ、障がいのある生徒への理解、ドラッグ問題など、社会課題を広く周知する役割も果たしてきました。それ自体は非常に価値のあることです」と工藤氏は評価する。しかし、その功績とともに、学園ドラマがもたらした弊害の1つが、「愛情があれば体罰は許される」という価値観を助長したことだ。
「例えば、かつてのドラマでは教師が生徒を殴るシーンが描かれることがありました。これは結果的に『体罰も愛情のうち』という誤った認識を社会に根付かせ、日本の学校教育における人権意識の発展を遅らせた面があります」と指摘する。

さらに、学園ドラマが「教師が一方的に正解を語る場」として描かれがちだった点にも懸念があるという。「中には熱血教師が『こう生きるべきだ』と説く場面も見受けられ、保護者の学校に対する“お客様意識”が生まれる要因にもなった。しかし本来の教育は、教師が正解を押し付けるものではなく、生徒が自ら考え、対話を通じて学びを深める場であるべきです」と工藤氏は語る。
また、こうしたメディアの影響が、教育の本質を見失わせる一因になっているのではないかとも。「心理学では『問題は作られる』といわれるが、教育現場でも同様の現象が起こる」と工藤氏は言う。例えば、「生徒が金髪にしたり脱色したりするのは風紀上問題だ」とひとたび誰かが口にすれば、それが“問題行動”として扱われるようになる。「教育は、子どもが自己決定し、自分の力で歩んでいくための支援をするもの。しかし、問題ばかりを指摘し続けると、本来の役割が見えなくなってしまう恐れがあります」(工藤氏)。