デザインの扉を開いたウイスキーボトル。AIにデザインはできる?

――私が佐藤さんのデザインに出会ったのは、ウイスキーのボトルでした。

佐藤卓氏:
デザインをしていないかのような。デザインをしないことによって、飲んだ後に瓶をまた使ってもらえるんじゃないかなって。ガラスの首のところによくネジ山が切ってあるじゃないですか。それはついてないんです。ネジ山がついてるといかにも何かの飲んだあとになっちゃうじゃないですか。でもね、これ、生まれ変われるんですよ。

ラベルも簡単にはがせる水性のノリを使ったんです。何かに使おうかしらって思ったときに使いやすいように前もって準備しといてあげる。でも、それを一切書かない。書くのは野暮。やっぱり気がつくってすごく嬉しいことなんですよね。これって何かに使えるかもって。

昔の私達の親の世代ってクッキーをもらったら箱をハンカチ入れに使ったり、すぐ捨てないで、何かに使えそうだなって思うのは工夫して使う文化ってあったじゃないですか。もったいないって言葉が海外で評価されたりとか。

新製品を作るときに飲んだ後のことを考える。それまで世の中にそういう製品がなかったんで。そういうことを考えてもいいのかなと思ってやってみたら、販売されてしばらく経ったら、おしゃれなブティックにこの瓶がダーッと並んでたんですよ。いわゆるディスプレイに。それで、もうすごく嬉しくて。

捨てるのを前提に考えるんじゃなくて、また使えるものを前提に考えるということも含めてプレゼンテーションして、私の最初の仕事としてこれが形になったっていうか。それを覚えていただけたっていうのは大変うれしい。

――そのときニッカウヰスキーの方たちからは、どんな意見が出たんですか。

佐藤卓氏:
上層部の人たちはこんなものをみんなが飲みたいのか?みたいな。ウイスキーっていうと偉そうな存在感。銀座のクラブで高い値段を出してもらわなきゃいけないので、液体も見えるか見えないかわかんないような濃い色に入ってたりとか。

例えば、ものすごく綺麗な部屋っていうよりも、倉庫とかを改装したような部屋がかっこいいんだとか。古着を好んで買うなんて、昔の人からするとあり得ないわけです。新しいものがいいっていう概念の世代なので。でも、私達は古着でボロボロなのがかっこいいみたいなのが始まった世代じゃないですか。そういうのを全部プレゼンするんです。

そういうのを次から次に見せると偉い人たちの概念が壊れていくのが見えるの。最後はもうわかった、やってみようかっていう判断に、何とかね。世の中に出たらあっという間に最初のロットが売り切れちゃって。それで初めてデザインの手応えを。

飲んだ後のことも考えるっていうのが機能した。その考え方が通じたっていうことも、デザインってやっていいんだよねっていう実感が持てて、デザインの扉が開いたみたいな感じがありました。

――佐藤さんは持続性の世界と消費の世界のぶつかり合いのところにいらっしゃる感じがします。

佐藤卓氏:
責任のある仕事に関わってるので。大量に物を作るってことは大量に資源を使う。大量にゴミが発生するっていう現実があるので、ピュアモルトのときにできるだけ捨てないものにするとかっていうことは、かつてからそういう気持ちはどこかにあったので。消費社会を全否定っていうのはもう今の社会だとできないじゃないですか。

今の社会でどこまで循環させていくベクトルに近づけられるかっていうのは、課題としては持ち続けないといけないと思うんです。少しでも資源を使わないとか、パッケージがいらないものだって、もしかしたらあるかもしれない。だから、いつも何かそういうベクトルをデザイナーっていうのは持っていないといけないんじゃないかとは思います。

滅多に見せることはないという制作の様子。グラフィックデザインはどのように生み出されるのだろうか?

佐藤卓氏:
今ラーメンっていう文字を書いてるんですけど、ラーメンっていろんなラーメンあるじゃないですか。コテコテしたラーメンもあれば、さっぱりしたラーメンもあれば。太めに書くとコテコテになるし、ちょっと丸みを帯びさせたりなんかすると油っぽくなる感じもあるし。

フォントとか最初私は使わないんですよ。全部書くわけです。できるだけいろんなアイデアを書いて、その中からこれは可能性あるなとか、これはひどいなとか。私が書くものは別に全部いいわけではなくて、駄目なものをいっぱい書いて、その中から、これは結構あるかもみたいなのが見つかれば。

私は全部手書き。コンピュータでデザインしないんです。スタッフはみんなやりますけど、もちろんね。

――AIにデザインはできるんですか。

佐藤卓氏:
全然できると思います。例えばシンボルマーク。シンボルマークを作る目的を全部言葉にして入れて、検索すれば100案ぐらいあっという間に作ってくれると思います。まだそういうソフトはないけれども、もう明日できるかもしれないっていう時代なんですよ。

――悔しくないですか。

佐藤卓氏:
いや、これはもう元に戻らないと思いますね。世の中のマーケティングとか、いろんなものを読むとか、人の思考だったりとかも全部AIが先回りしてやってるので、これはもう止められないと思うんです。

逆にやってみろよってちょっと思うところがあって。これ結構いいじゃんっていうのがあるかもしれないし、なければこっちが手直ししたりもして。パートナーのように、これからは間違いなくなっていっちゃうんですよ。ただ、作るっていう喜びをAIに渡してどうすんのっていう基本的な、なんかね。作る楽しみを手放して何が幸せなの?っていう。

若い人たちには当然自分で作り出してみるっていう機会ができるだけ多くあってほしいんです。でもね、絶対入り込んでくるんですよ。もう入り込んでるんですよ。思いがけないものが絶対出てくるんです。人間がやると失敗なんだけど、その失敗も多分いっぱい作ってくるんで、失敗の中に新しい可能性がある場合もあって、AIはそれがいいか悪いかわかんない。これあり得ないの面白いねって判断をするのは最終的には人間の能力が必要になってくるので、そういうパートナーとしてどうなるのかなって、楽しみなところもあります。