資料館に展示されるレベルを目指せ。キャップランプ300個を3Dプリンターで制作

端島での生活を語るうえで欠かせないのが、炭鉱労働だ。本作では、キャップランプやコールピックハンマー、救護隊のガスマスクといった道具が用いられたが、これらは現存する資料がほとんどない中で、博物館の展示物や古い写真をもとに、ゼロから制作された。「正解がない中で、監督や美術スタッフ、美術装飾チームが一丸となり、現存するわずかな資料から当時の端島の生活を立ち上げていきました」と前田氏は振り返る。

セット全体の再現度を高めるうえで、本作を担当した美術デザイナー、岩井憲氏の存在は欠かせなかったと前田氏は語る。岩井氏は前作『アンチヒーロー』や映画作品も手掛けており、綿密な取材を重ねることで知られる。その経験と情熱が、昭和30年代の端島のリアリティを映像で甦らせる原動力となった。

炭鉱作業を象徴するキャップランプの制作では、岩井氏が中心となり、3Dプリンターを駆使して300個以上を手作りした。これらは資料館に展示されるレベルのクオリティを目指したといい、炭鉱作業員の生活感や作業環境の緊張感をリアルに伝えている。また、バッテリー室の装飾や、食堂のパン焼き器においても岩井氏がデザインを主導。リアルさを追求する細部へのこだわりが光る。

さらに、昭和30年代の端島を描くうえで、セットが茶色やモノトーンに偏りがちになる課題を克服するため、岩井氏は折り紙細工や色彩豊かな小道具を活用。「地味な画にならないよう、生活感や温かみを添える工夫を凝らしました」と前田氏。こうした工夫は、単に美術装飾の一部にとどまらず、物語全体の没入感を高める重要な要素となっている。

“甦らせた”端島が問いかける未来へのメッセージ

「美術装飾は視聴者に直接届く仕事です。背景の一部であったとしても、物語を深める力があります。特に本作はチーム全員の尽力の結晶だと自負しています」と前田氏。チーム全体で築き上げた端島のセットは、昭和の暮らしの記憶を鮮やかに甦らせている。

「時代を感じられるディテールを、ぜひ隅々まで見てもらえたら」。
前田氏の言葉には、昭和の情景を紡ぎ出したクリエイターたちの熱い思いが込められている。

本作で描かれた端島の姿は、単なるドラマの舞台としてだけでなく、当時の生活文化を後世に伝える記録の役割も果たしている。

「端島に生きた人々の記憶を再現し、その暮らしを映像で表現することには大きな意味があると思います」と前田氏は言う。現代では観光地としての側面が注目される端島だが、その背後には多くの人々が生き、働いた記憶が刻まれている。本作が描く端島の姿は、過去を学び、未来を考える手がかりとなる。昭和の端島に生きた人々の物語は、今なお日本社会に考えるべき多くのテーマを投げかけている。