放送界に携わった先人のインタビューが「放送人の会」によって残されている。その中から今回は、「男女7人夏物語」「三男三女婿一匹」など数多くのヒットドラマをプロデュースした武敬子氏のインタビューをお届けする。聞き手はドラマ演出家の久野浩平氏(故人)。
ラジオが大好きだった
久野:武さんは、何しろ最初ラジオだから。
武:そうです。ラジオ大好きでした。学生の時にNHKのラジオドラマを聴いててね、山口淳という人が演出した近松の古典物で、それがすごく好きだったの。ラジオっていいなと思って、学業したらラジオの仕事しようと思ったわけ。
大学を出てからラジオ九州※の人と知り合って、営業のボスのヤマダシンイチさんっていう偉い人だった。その人がウチに来ないかって声かけてくださったので「行きます」って二つ返事で。
※ラジオ九州(九州初の民間放送局。現RKB毎日放送)
ラジオドラマへ
久野:で、ドラマについては、大体吉村※さんと?
※吉村忠夫 ラジオ九州プロデューサー
武:うーん。吉村さんの影響はあんまり受けてないね。吉村さんが亡くなって、しばらくして、プロデューサーとしてやっていくんだったら、何か作んないとって言われて、一番初めに作ったのが谷川さん※で。
※谷川俊太郎(1931-2024)詩人、絵本作家、脚本家など多彩な活躍で知られる
それが賞を貰っちゃったんです。一番先にやったのが賞を貰っちゃったから※、もう、えらいことみんなをしらけさせてさ。
※「ある初恋の物語-遠いギター、遠い顔」1958年民放祭文芸番組部門最優秀賞
音もギターも、とってもすてきだったの。すごく感傷的な、きれいな語りなんだな。何で谷川さんだったかというと、好きだったのね。谷川さんの詩には、先入観念がないでしょう。ただ言葉として見るわけだから。通じ合えるものがあったのね。ほとんどモノローグ・ドラマなんだけどね。
久野:でき上がりもよかったですよ。
武:いや、なんだかよく分かんないけど。
久野:最優秀賞もらってんだから。それで武さん、一挙に有名になっちゃった。
武:でも、生意気だったんだろうね。もうみんなに、いろいろなことでえらいこと怒られたな。
久野:しかし、すごいのはその後で、昭和35、38、39年と、民放祭の賞を取り続けた 。
武:うん。やっぱり仕事していくと、好きな作家が出てくるじゃない。
久野:矢代静一※。
※矢代静一 (1927-1998) 劇作家、演出家。代表作「写楽考」「北斎漫画」など。
武:そうそう。矢代さん好きだったからね。
久野:その後親しくつきあったのは寺山君※ですね。武さんとこ行って、ご飯食べてたんだから。
※寺山修司 (1935-1983) 詩人、劇作家。前衛劇団「天井桟敷」主宰。代表作「田園に死す」(歌集・映画)など。
武:そうそう、お昼ね。もう、しょっちゅうご飯食べに来てたの。お金がなくなると、人のとこへ来るんだもん。それで「あのーお金ないから行きたいんだけど」って電話かかってくるとさ、やっぱりカレーライスぐらい奢ってあげられると思うから、いいよって。その頃、あたし金持ちだったのかね?全然お金持ってた感じがないんだけど、そう返事したのよね。
久野:寺山君のアパートにも行ったことあるって。
武:行った、行った。だって、どんなとこに住んでんのか知りたいじゃない。そしたら意外なことに、ものすごくきれいにしてる6畳なわけ。真ん中にテレビが1台あるきりで、あとはほとんど棚の上の本なんだけど、やっぱりいい本があったね。「はあ、よう勉強しとるな」っていうね。もう、その本見て好きになっちゃった。ああ、この作家やっぱりいい作家だと。
久野:武さんを育てた人で、もう1人、戸板康二※さん。この人とは、どうしてあんなに、親しくつきあってたんですか。
※ 戸板康二(1915-1993)演劇・歌舞伎評論家、随筆家。特に歌舞伎への造詣が深く、批評、入門書など執筆多数。
武:(戸板さんが)民放祭の審査員だったの。賞を頂いたあとに「吉村忠夫さんを偲ぶ会」があって、そこに戸板先生も見えてたの。賞を貰っていたので、ご挨拶したんですけど、その時「髪結新三」っていう歌舞伎の話をしたのね。勘三郎さんの名作なんだけど。そしたら帰りに「髪結新三」の話は面白かったっておっしゃって「いつかまた芝居で会おうね」と言ったのが、初めの出会い。それからは、一緒にお芝居を見に行くようになって。
久野:何て言うか、武さんを育てた最大の人じゃないかって。
武:そうだと思う。話がすごく面白かったし、よく勉強していらしたし、よく話を聞いてくれたし。あたしの方も「今度こういうものを企画してるんですけど、どう思われますか」っていう相談をしたしね。あと、秋元さん※ともそういう関係だった。
※秋元松代(1911-2001)戦後を代表する女性劇作家。代表作「近松心中物語」など。
久野:武さんにとって、ラジオドラマってどういうものでした?
武:言葉の美しさっていうのかな。詩も戯曲もそうなんだけど、あたしたちの仕事は、言葉から生まれてくるわけじゃない。そういう意味では、ラジオっていうのは、言葉の美しさをそのまま出してくれるじゃない。