安部公房と組んだ異色作
久野:だけど一方で、安部公房※さんが構成、演出した「チャンピオン」は…
※安部公房 (1924-1993) 小説家・演出家。代表先に「壁」「砂の女」など。「チャンピオン」は武敬子プロデュース、安部公房構成・演出による1963年放送の“ドキュメンタリーポエム”。ボクシングジムなどの生音(なまおと)と俳優の声の演技を組み合わせ、録音構成とドキュメンタリーの折衷のような作品。民放祭ラジオ文芸優秀賞。
武:うん。
久野:まあ、もちろん言葉といやあ言葉だけど。
武:安部さんが作りたかったんじゃない?安部さんと一度仕事してみろっていうのは、大坪※さんに言われたのね。
※大坪都築(つづき)文化放送のラジオドラマ演出家。出身はラジオ九州。
大坪さんが安部公房と仕事したときに、すごく面白かったから「チャンスがあったら、一度仕事してみないか」って言われたわけ。いい先輩っていいね。そう言ってくれるからさ。それで、安部先生に「仕事したいんです」って言いに行ったわけ。そしたら「チャンピオン」っていうボクシングを題材にした作品にしようって言われて、私はボクシング、全然好きじゃないですって言ったら「好きじゃないったって、好きになってもらわないと困る」って言うわけ。だって、好きじゃないのに。どうしてあんなに殴ったりなんかするんですか、全然分かんないって言ったわけ。そうしたら、見始めたら分かるって、後楽園ジムに連れて行かれたの。
久野:へえ。
武:でもやっぱり、全然面白いと思わない。でもまあ、こんなに熱心なんだから、言うことを聞いてみようと思ったの。そうしたら安部さんが、録音機を朝から晩まで回して、ボクサーの日常生活を全部録音して来いっていうわけ。だから、技術の人を1人借りて、これから1週間、何にもしなくていいから、ボクサーの朝から晩までを録音して下さいって言ったら、もう忠実にそれをやってくれたわけよ。
で、昼間録ったテープが、夜になると上がってくるわけ。あたしはそれを聞きながら、安部先生のとこへ届けた方がいいなと思うテープと、要らないなと思うテープを区別していく。すると安部さんが、これはもう十分に材料になるから、これで行こうって言って、あたしはなんだか分かんないけど。で、「君は心配しないでいいよ。音は、武満さん※でいこう」って。そんな状態…
※武満徹(1930-1996)日本を代表する現代音楽家
久野:一種のミュージック・コンクレート※みたいにもなってるもんね、あれ。
※具体音楽。人の話し声、都市の騒音など自然界の音を録音し加工して再構成される電子音楽の一種。
武:NHKの人が聞いて、ショックだったって言ってたから、そんなにショッキングなものを作っちゃったのかなと思って。
