両立しがたい労働と文化の間で

冒頭に紹介した『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』によると、著者の三宅氏にとって読書は、他の人にとっての勉強や趣味、家族との時間などのように、人それぞれ異なる「人生に必要不可欠な『文化』」だそうです。

「生活できるお金は稼ぎたいし、文化的な生活を送りたい」のに、「今を生きる多くの人が、労働と文化の両立に困難を抱えて」いる状況。「なんで現代はこんなに労働と読書が両立しづらくなっているのか?」という、著者にとっても切実な問いの答えを求めて、同書では明治以降の労働と読書の関係を追いかけていきます。

ところで、同書では、読書が「自分の人生を豊かにしたり楽しくしたりしようとする自己啓発の感覚とも強く結びついて」いると指摘しています。

今回の分析で、40年前の「読書好き」有職者は、仕事のために本を読む様子がうかがえました。裏を返して、読書によって仕事つまり労働の成果を上げることで、自分の人生を豊かにしようとしていたと考えれば、その頃は労働と読書がかろうじて両立していたのかも知れません。

一方、昨今の「読書好き」有職者による、自分の楽しみのための読書は仕事(労働)とは両立しにくいかも知れません。

どうやれば労働と文化が両立する社会が作れるか。同書を読んで、その答えを考えてみたくなってきました。

そこで喫緊の課題は、その本を読む時間をどう捻出するかですが……。

注1:TBS総合嗜好調査は、衣食住から趣味レジャー、人物・企業から、ものの考え方や行動まで、ありとあらゆる領域の「好きなもの」を調べる質問紙調査です。TBSテレビが、東京地区(1975年以降)と阪神地区(1979年以降)で毎年10月に実施し、対象者年齢は、1975年が18~59歳、76~2004年が13~59歳、05~13年が13~69歳、14年以降は13~74歳となっています。

注2:「主婦・家事手伝い」は、職業が「主婦」または「無職・家事手伝い」、性別が「女性」の人が該当します。回答者には「無職・家事手伝い」を選んだ男性や、どれにも該当しない「その他」を選んだ人もいますが、集計には含まれていません。

引用文献:三宅香帆(2024)『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』集英社新書

<執筆者略歴>
江利川 滋(えりかわ・しげる)
1968年生。1996年TBS入社。
視聴率データ分析や生活者調査に長く従事。テレビ営業も経験しつつ、現在は法務・コンプライアンス方面を主務に、マーケティング局も兼任。

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版(TBSメディア総研が発行)で、テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。2024年6月、原則土曜日公開・配信のウィークリーマガジンにリニューアル。