■仲間のペンダントを胸に…
山口さんの胸にはネオンの光に反射して輝くペンダントがあった。清原雅子さんがつくったものだ。
清原雅子さんは排除があった当時、山口さんらと行動をともにし、「年金100年安心プランどうなった?」というプラカードを安倍総理(当時)に向かって掲げようとしたが、警察官らによって阻まれた。当時、私たちの取材にこう答えていた。
「無言でプラカードを掲げるというのは誰にでもある権利だし、弱者ができる唯一ひとりでできることですよね。こんなことも声が出せないなんて怖いですよね。民主主義じゃないですよね」

雅子さんは、患っていたがんが再発。プラカードを掲げた翌日に治療を再開する予定で、「これが最後になるかもしれない」と話していた。治療の甲斐なく、雅子さんは2024年1月30日に亡くなった。享年70だった。警察は雅子さんが政治に意見を表明する最後の機会を奪った。山口さんは涙をこらえながら話す。
「いま雅子さんがいたらどんな思いをしているのか。ネックレスは雅子さんの形見なんです。手先が器用で、織物やアクセサリーをたくさんつくっていた。みんな一つずつネックレスをつけて、雅子さんと一緒にスタンディングしてます」

