医者のプライドとは
エルカノの指示のもと、新生血管増殖剤(本来はない薬です)を使用してバイパス手術を野田先生は行いましたが、新生血管増殖剤の副作用で血栓ができてしまい冠動脈が詰まり心室細動になってしまいます。冠動脈が詰まってしまうと(いわゆる心筋梗塞)心臓の筋肉に酸素や栄養が渡らずに心臓の筋肉が正常に収縮せずに痙攣のような状態になることをVf(心室細動)と言います。
このような場合は心臓マッサージをして全身の血流を保ちつつ、菅井先生が言っていたようにDC(Direct current 直流電流の略ですが、除細動の意味で使われます)をして電気的に心室細動を止めます。麻酔科の先生も同時に薬剤で心室細動を止めようとします。それでも戻らない場合は人工心肺をつけて、身体の循環を保たないといけません。
全身の血流を保ちつつ、冠動脈の血流を再開させるために再度バイパス術を世良先生は施行します。バイパスが終わり少し経つと心臓の拍動は戻るのですが…血管の壁が脆くて大出血をしてしまいます。ここで天城先生が登場します。
天城先生が新たな術式「ロングオンレイパッチ+ベインエクステンション(静脈で伸ばしていく)」を行おうとすると野田先生は「エルカノを騙すなー!」「お前に医者のプライドはないのか?」と騒ぎ立てます。ここで天城先生も医者のプライドとは何なのかというセリフを放つのですが、野田先生と天城先生の根本的な違いとはなんなのでしょう。
ここで2人のセリフを見てみると…。
野田先生「世界中の医学知識を網羅し医療の歴史その全てがここに蓄積されている!究極の医者を!この私が!」「私のエルカノは全ての医者たちが培ってきた英知、プライドそのものなんだ!」
天城先生「患者は何が何でも生きたいという思いでこのオペ台にいるんだ。その思いを形にするのが我々医者の仕事…いや、医者のプライドなんじゃないの?」
2人とも患者さんのために最善を尽くすという意味では根本的に一緒であると思うのですが、野田先生の場合は過去のデータ、医学知識、論文を全て網羅し勉強しその中で患者さんに最適な方法を選択するべきというプライドがあるのに対し、天城先生は過去のデータを網羅した上で今患者さんのために自分ができることは何なのかを考え、患者さんの思いを形にすることが医者のプライドと言っています。
論文、データは確かに大切で、そこから各患者さんに最適な術式は導かれるのですが、最終的に患者さんの命に直結するのは、全て投げ出された命の目の前にいる執刀医の腕です。一瞬の気の緩み、甘さ、油断、慢心、準備不足、訓練不足でオペは簡単に失敗します。私自身もオペに向かっている時は「絶対に妥協しない。絶対に気を抜かない。絶対に助ける。この人に最高のオペを提供する。」と何度も何度も心の中で反芻しながらオペをしていますし、日頃からその思いを持ち訓練に励んでいます。
これは当たり前のようなのですが、世の中には「オペの全ての責任は執刀医にある」という大原則を忘れてしまう外科医もいて、野田先生のように論文にはこうあった、データではこうだったから、状況が悪かったから、前医の初動が悪かったから、AIが導き出したから…と責任を放棄してしまうのです。「全ての医者たちが培ってきた英知、プライド」はあるのですが、野田先生自身のプライドとは?となってしまうわけなんです。
シーズン1の1話でも渡海先生は大動脈解離の治療方針を佐伯教授に委ねた外科医に「失敗の全ての責任は執刀医にある」と詰めていましたよね。天才といわれる外科医は自己の命をも犠牲にして患者を救いにいき、そのために必要な訓練トレーニング、イマジネーション、シミュレーションを人生の全時間をかけて行っているのです。
天城先生は「患者の命が救われるなら、例え自分の命が削られようと何とも思わない」って木崎社長の前でも言っていますよね。
セミナーとかでも良く若い先生に言っているのですが、チェスのトッププレイヤーの実力と最も相関した独立因子は試合数ではなくイマジネーションとシミュレーションにかけた時間と言われているんですね。天城先生も繰り返しオペはイマジネーションと言っていますが、彼は常にオペのことを考えている。それこそ寄付金を募っている時も、エスプレッソに砂糖たくさん入れている時も、クラシックを聴いている時も、常にオペに関連させて思考しています。
Xでも少し触れましたが、愛するエルカノに振られてしまった野田先生の迫真の演技はスタッフはじめ天城先生、世良先生にも賞賛を受けていたのですが、撮影したオペ室が暑かったこともあり野田先生は毎回酸欠状態となりカットがかかると息が切れてフラフラでした。私はとにかく水分補給を促すことしかできず…。
あとバタバタと動き回る中でも実は清潔不潔に気を付けていただき、タブレットを頭の上に上げるシーンでは絶妙に顔に腕がつかない角度を打ち合わせして演じていただきました。天城先生の「ねぇ怖いよ怖い怖い、バタバタしないで」のところは、まさに野田先生の迫真の演技に対する正直なリアクションでした。
「患者は何が何でも生きたいという思いでこのオペ台にいるんだ。その思いを形にするのが我々医者の仕事…いや、医者のプライドなんじゃないの?」は、患者さんの生きたいという思いを形にする天城先生っぽい発想というか「オペは芸術」って言葉に通ずるところがあるなと聞きながら非常に感心しました。
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イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科
山岸 俊介

冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。