原爆で失った左足…アオギリが生きる希望をくれ

沼田さんは、22歳のとき、爆心地から1.4キロ離れた広島逓信局で被爆。建物の下敷きとなり、左足を失いました。

生きる希望をなくした沼田さんを救ったのは、“同じ場所” で被爆したアオギリでした。原爆に遭いながらも新しい緑の葉を出したアオギリを自分自身と重ね合わせ、生きる決意をします。

沼田さんが修学旅行生に証言をする際には、逓信局から平和公園に移された自身の「分身」アオギリの下でした。

沼田鈴子 さん(1993年取材)
「運動場にあった木は逃げることもできないままにずっと燃えていきました。後にこの木は生きていることがわかったんです」

そして、被爆アオギリの種を「平和の種」として、証言を聞いた子どもたちや世界各地に送る活動も続けました。