避難先から見た地獄の光景

命は助かったものの、避難先から見た景色は忘れられないといいます。

田島稜威雄さん:
「しばらくしたらね、飛行機がこう、東のほうに、Bー29がね。でかいんだよね、何機か飛んでいく。榴岡に登った時にね、北のほうを見たらね、全部こう火の海なんですよ。(祖父から)こういうのは二度と見られないんだから覚えておけよと言われた。本当に火の海ですよ」

空襲については、市内各所につくられていた簡素な防空壕が人的被害を拡大させたと言われています。

また、当時国は、避難ではなくバケツリレーなどによる消火活動を奨励していました。