空襲で失われた児童23人の命
1945年7月10日未明、仙台の上空にはアメリカ軍の爆撃機「Bー29」123機が飛来して焼夷弾爆撃を行い、1399人が犠牲になりました。

東二番丁小学校では児童23人の命が失われました。

東二番丁小学校 飯野正義校長:
「こちらが平和観音像です。空襲で亡くなった23名とその後、交通事故で亡くなった4名とあわせて27体ありますが、裏にそのおひとりおひとりの名前が書かれております」
悲劇を伝える平和観音像。その一つに書かれている「野村浩嗣」さんの名前。

この野村さんと同級生だった人が仙台市内にいます。













