ここで一度、「イエスの方舟」とは何ぞやということを説明したい。1980年、東京・国分寺市から10人の女性が突如姿を消したと報道される。彼女達を連れ去ったとされたのが、謎の集団「イエスの方舟」。その主宰者・千石剛賢(たけしが演じた)は、美しく若い女性を次々と入信させハーレムを形成していると世間を騒然とさせた。2年2か月の逃避行の末、千石が不起訴となり事件には一応の終止符が打たれる。しかし騒動の終息後、一度それぞれの家庭に返されたメンバーたち全員が千石の元へと戻り、福岡市中州で「シオンの娘」というクラブを経営しながら、そのまま45年間共同生活を維持し続けてきたのだ。

あくまで「宗教法人ではない」と語る彼女たちの正体、その歩んできた道のりを取材したいという一心で福岡へ飛んだ私だったが、騒動時の過激な報道を経験しメディアへの警戒心を育ててしまった彼女たちに、全て顔出しで取材することの許しを得るのは決して簡単なことではなかった。

映画のプロデューサーである大久保竜と何度も「シオンの娘」に通い、ひとつひとつ理解を積み上げていく。それこそ、ドラマ『イエスの方舟』の時の話も聞いた。当時まだまだTVタレントの印象が使ったビートたけしというキャスティングに彼女たちは納得しておらず、「もっと硬派な俳優さんがいい」と注文していたこと。様々なことが握り切れていない段階でドラマプロデューサーに、「見切り発車します」と断言されたこと。緑山スタジオの撮影に見学に行った際、撮影現場にそぐわないお洒落なスカートで行ってしまい服を汚したこと。そのあと落ち込んでいる彼女たちを、移動のロケバスで女優の岸田今日子が励ましてくれたこと。もう40年近く前の撮影現場での些細な出来事を、それが昨日の出来事であるかのように瑞々しく彼女たちは語る。私も普段テレビドラマの現場で働いていることもあって、そういうちょっとした会話の積み重ねが心の距離を詰めていったのかもしれない。