慌ただしい引っ越しが終わったのは、5月のことでした。新しい自宅はターミナルから歩いて約10分の場所にあります。観光地から一歩入れば、古い建物が肩を寄せ合う、静かな島の町並みが続きます。

若い親子をご近所も温かく迎え入れてくれました。遥奈さんにとって高齢のお隣さんとの井戸端会議は新鮮な楽しみの一つです。仲間もできました。ジョニーさんを宮島に誘った春名さんとも親しかった 沖野比呂海 さん。町内で帆布店を営む本人も結婚を機に広島市から宮島に移住しました。

「カヤックで島の裏の方に行って、観光地として整備された場所とは違う宮島の面白さを伝えてほしい」(沖野さん)

開業に向けてジョニーさんは宮島の歴史も学んでいます。文献を読んだり、町内を回る人力車の俥夫から話を聞いたり。海岸のあちらこちらで見かける小さな社の多さに、「神の島」宮島の奥深さを感じるといいます。

慌ただしい日々ですが、ふとした瞬間に能登に残した友人たちの姿が浮かびます。

「こっちは大丈夫だからってみんな言ってくれるんですね。言ってくれるけど、やっぱり一緒にやってきた仲間なので当然気にかかりますし。がんばっていこうという気持ちと、どうして申し訳ないなっていう気持ちとミックスで…。おそらく、ことしはずっとこうだと思います」

そして開業の日、平日ともあって事前の予約はありません。ゆったりとした船出となりました。

「シーカヤックで島渡りをしていると感じるんです。夢や目標には一直線には進めない、必ずどこかを経由しながら少しずつ近づいて行くんだと。人生とシーカヤックの旅はとても似ているなって。本当にたくさんの方に助けていただいていま、家族はこの島にたどり着くことができました。感謝しても返せないものばかりですが、宮島の良いところを紹介し、一人でも多くの人に『また宮島に行こう』って言ってもらえるような、そんなお手伝いができることが僕らの恩返しだと思っています」

夢の途中でたどり着いた宮島。パドルを一かきすれば、カヤックは瀬戸内の穏やかな水面を進みます。海はふるさと・能登ともつながっています。