女子5000m日本記録保持者の田中希実(24、New Balance)がパリ五輪代表に内定した。5月25日のダイヤモンドリーグ(以下DL)・ユージーン大会で14分47秒69の11位。日本陸連のパリ五輪選考基準では昨年の世界陸上ブダペスト入賞者(田中は8位)は、24年に入ってからの五輪参加標準記録(女子5000mは14分52秒00)突破で五輪代表に内定する。田中はユージーンで選考基準をクリアした後も、5月30日のDLオスロ3000mで8分34秒09の日本新、6月2日のDLストックホルム1500mで4分02秒98と好タイムを連発。ストックホルム大会翌日に父親の田中健智コーチに取材した内容を中心に、ユージーン大会での標準記録突破の背景と、陸上競技女子初の2種目五輪入賞を目指す流れを紹介する。

ドーハの教訓を生かしユージーンで標準記録突破

ユージーンで標準記録を突破するために、田中コーチは直前の練習メニューを工夫した。田中の場合は短期的なトレーニングの流れが、試合の結果に影響する。

「ドーハの前にフィラデルフィアでやりたかったメニューを、ユージーンに出発する日に小野市の希望の丘陸上競技場でやったんです」

ドーハは中東カタールの首都で、フィラデルフィアは米国東海岸、小野市は兵庫県、そしてユージーンは米国西海岸。世界を股にかけて活躍する選手ならではのエピソードだが、ここまで世界各国を渡り歩く日本選手は田中だけである。

4月27日にフィラデルフィアで出場した1500mが、4分08秒32と良くなかった。田中が苦手とする低温のコンディションで、ペースメーカーも設定より遅いペースでしか走れなかったことが響いた。

米国からカタールに飛び、DLドーハ(5月10日)5000mに出場したが15分11秒21の11位。標準記録を切ることができなかった。前々日の練習を2000mの日本記録に近いタイムで行っていたが、その前のフィラデルフィアの練習が田中のメンタル面に悪影響を及ぼしたという。「予定していた内容を3、4回変更した」ことで、自信を持ってレースに臨めなかった。

田中コーチはスピードだけでなく、スタミナ的な要素も加えた練習計画を立てた。だが田中自身はスピード練習を多く行いたいと考えた。スピードとスタミナの両方を行うと、練習自体もハードな内容になる。そこから逃げた意識も頭の片隅に生じたのかもしれない。ドーハのレースはかなりのハイペースではあったが、レース中の位置取りの消極性に自信のなさが表れていた。

日本に帰国してGGP(ゴールデングランプリ。5月19日)の1500mに出場したが、4分07秒39の4位。シーズンベストではあったが、世界大会でもライバルとなるS.ビリングス(26)とG.グリフィス(27)の豪州勢らに後れをとった。GGP前も「過去一番かもしれない」というくらい練習ができたが、結果に結びつかなかった。

次のDLユージーン5000mではなんとか代表を決めたい。フィラデルフィアで行う予定だったメニューを行い自信を付けただけでなく、田中コーチはあえて厳しい言葉をかけたという。普段は自信を付けさせて試合に臨むことが多いが、今回は「背水の陣」のメンタルで臨む方がいいと判断した。
それが功を奏した。練習メニューと言葉をセットにして選手の力を引き出すところは、2人が積み上げてきた関係性があるからだろう。