武器である柔軟性を優先した投げ方に仕上げるために

体を思うように動かせない原因として、シーズンに入っても(ハードな)ウェイトトレーニングを行っていることに問題がある、と北口は判断した。冬期練習ではウェイトトレーニングを多く行い、筋力とスピードアップに取り組んだ。筋力がアップすれば、普通に考えればやりに加えられる力は大きくなる。3月や4月に自己記録やシーズンベストを投げる選手は、冬期の筋力トレーニングの影響が大きいとも言える。だが北口はやり投を始めた頃から、筋力よりも体の柔軟性を生かした投げをしてきた。上体の反りや肩甲骨の可動域が世界トップ選手の中でも大きく、やりに長く力を加えられる。

北口も冬期練習期間は前述のように筋力アップのために、かなりの時間をかけている。しかし試合期に入っても筋力トレーニングを追い込んで行うと、投げの動作の中で柔軟性を出せなくなってしまう。今季の2試合でもそれが感じられた。
実は昨年も、シーズン序盤で同じ問題を感じていた。6月の日本選手権が59m92にとどまり2位、斉藤真理菜(28、スズキ)に敗れた。そこからウェイトトレーニングでの追い込み方を抑え、柔軟性や姿勢をより強調するトレーニングを行い、1週間後のDLパリ大会に65m09で優勝した。

北口のやり投の記録には、筋力とは別の要素が大きく影響している。それを証明しているデータがある。

ヨーロッパの陸上界には、やり投の記録と筋力トレーニングの数値の比較表がある。65mを投げるにはスナッチが何kg、スクワットが何kg、デッドリフトが何kg、ベンチプレスが何kgと、目安の数値が示されている。北口は19年からチェコを拠点にトレーニングをしているが、それ以前に、フィンランドで合宿した際にそのデータを見せられた。

「私はだいたい55mから60mくらいの選手の数値しかないんです。一番低いのは50mくらいの数値でしたね(笑)。私はまったく当てはまらなくて、今はもう気にしていません」

北口が世界トップクラスでも、普通の投てき選手とは異なるタイプであることを示している。

昨シーズンの北口はDLパリ大会以降、DLローザンヌ大会とチェコ国内の規模の小さい大会の2試合で負けただけで、世界陸上を筆頭に、世界の強豪がそろうDLでも勝ち続けた。今季もその流れに、できるだけ早く持っていきたい。

「去年は短期間で柔軟性を生かした投げに変えられましたが、柔軟性もそのときどきの状態によって度合いが違います。一瞬で軟らかくなるものでもないですし、柔軟性がパッと出るとケガをすることもある。簡単ではないと感じています」

だからこそ、早めにその方向に持っていく必要がある。昨年の記録的なピークは67m38の日本記録を投げた、9月のDLブリュッセル大会だった。早めに体を思い通りに動かせる状態にして、試合に出ながら修正を加えていく必要がある。

観戦者には残念ながら、上体の反り方が大きかったかどうかまではわからない。わかりやすいのは、欧米の選手の中に入っても、感情表現が一番豊かと言われている北口の表情だ。投てき後に北口の笑顔が一段と輝いたとき、柔軟性を生かした投てき動作ができている。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)