5か月半にもおよぼうとしているウクライナでの戦争。東部制圧に力を入れていたロシア軍が、南部に移動しロシア本国からクリミアに兵力が送られ、さらにクリミアからヘルソンへ部隊を移動させているという。ロシアの狙いは何か。そして今回は戦時下の経済について専門家に聞いた。

■「生き延びるためにロシア人にならざるを得ない」

ロシア軍が南部に重点を置き始めた事情を東大先端研の小泉氏に聞いた。

東京大学先端科学技術研究センター 小泉悠 専任講師
「アメリカが供与したハイマース(高機動ロケット砲システム)がロシア軍の武器庫を叩きまくっていて、ロシアが火力を発揮できなくなっている。しかもその間に南のヘルソンなどでウクライナ軍がジワジワと反撃を強めている。(中略)東部でのロシア軍による攻撃が弱まったので余裕ができたウクライナ軍が南側から大幅に反撃してくるんじゃないかっていう恐れを当然抱くのと思うんですよ」

特にウクライナ軍は南部でロシア軍の兵站に重要なドニエプル川にかかる橋を落としている。そのためロシア軍は東部の攻撃を止めてでも南部への移動を急いでいる。さらにロシアには南部で進めたい計画があるのだという。

東京大学先端科学技術研究センター 小泉悠 専任講師
「ロシアが南の方のヘルソン州、ザポリージャ州を併合しちゃうことが懸念されてます。一度併合して正式に『ここはロシア連邦です』って言われちゃうと軍事的に取り返しに行きにくくなります。9月にも併合したいと伝えられてますから、ウクライナとしては8月中に少しでも取り返しておきたいんでしょうね」

クリミアでの成功体験をここ南部エリアでも展開しようとするロシアに対し、ウクライナは東部地域を捨ててでも南部を取り返そうと兵力をつぎ込んでいる。実際現地はどんな様子なのか。

ヘルソンの住民を直接取材した。インタビューに答えてくれたオレフさんは、今年3月ロシア軍に身柄を拘束され肋骨4本を折る暴行を受けた。現在はヘルソンを脱出している。

ヘルソン出身ジャーナリスト オレフ・バトゥリンさん
「裏道を使ってヘルソン州内のロシア占領地域を出るのに4日かかりました。ヘルソンを出る時に車に銃撃を受けましたが幸いなことに誰も負傷しませんでした。(中略)多くの住民が町を離れました。離れたいと思っている人も大勢います。残っているのは、高齢の両親がいるとか、商売のために簡単には離れられない人、それから何があってもロシアからの解放を待つと決めた人です。(中略)ヘルソン州で一番複雑な状況にあるのはノバカホフカです。そこでも虐殺はひどいのですが、その訳はクリミアに水を供給する運河がそばにありロシア軍はそれをどうしても手放したくないからです」

ヘルソン州では、すでにロシア化が始まっている。先月オープンしたスーパーでは、商品のほとんどがロシア産やロシア製。支払いは現金のみで、ウクライナ通貨も表記されているが、大きく表記されているのはロシア・ルーブルだ。さらにヘルソンではロシア軍によって銀行が次々と襲撃されている。これもロシア化の一環だという。



ヘルソン出身ジャーナリスト オレフ・バトゥリンさん
「今はもうヘルソン市内でウクライナのお金を扱える銀行はありません。ロシア軍は住民にルーブルを使わせるためにウクライナの銀行を襲ったのです。ロシア側は独自の銀行を設置し、その銀行に専用口座を作らせて光熱費や水道代など生活費を支払うよう呼び掛けています。(中略)年金受給者や身体障碍者など生きるためにロシア側からの支援が必要な人達もいます。ただロシアは“ウクライナ国籍”の人には支援をしないので、ロシアのパスポートを作らせて“ロシア人”にする仕組みを設けているのです。つまり一部の人は生き延びるためにロシア人にならざるを得ないのです」

まず軍事的に「占領」し、住民を「ロシア人」にし、その地域を「併合」。そして、ロシア連邦の一部とする。これがロシアの手口だ。

東京大学先端科学技術研究センター 小泉悠 専任講師
「公式に『ロシア連邦です』って言ったら、そこを攻めた場合今度はウクライナが侵略だって言われかねない。ウクライナは否定するでしょうが、ロシアにしてみれば領土を侵略された、核を使っても正当防衛だって言いかねない」

それにしても、東部から南部に前線を広げ、5か月以上の戦闘。もちろん西側による経済制裁はますます厳しくなる中で、ロシアの経済は持つのだろうか?