「今どきあまりこうやって印刷して持ち歩いている人はいないかも…」とはにかむ岩井氏はこう続ける。「明墨法律事務所のある新橋ももちろんですが、特に裁判所の周りは普段行くような場所ではないので、実際に自分で歩きながら写真を撮ってイメージを膨らませました。印刷して打ち合わせの時に貼っておくと、番頭さん(施工管理者)だけではなく実際に手を動かす職人さんたちも見てくれて、作りたいイメージを理解し、同じ方向を向いてくれるんです」と、スタッフ同士の世界観の共有方法を教えてくれた。
「今ではすっかり緑山っ子です」
初めてTBSドラマを担当する岩井氏が、緑山スタジオでセットを手掛けるのは初めて。「こんな大作を初見の僕によく任せてくれたなと(笑)。今ではすっかり緑山っ子です」と謙虚な言葉を口にする。初めてのチームでの制作に「最初に建てた明墨法律事務所と法廷のセットは、正直ものすごく不安を抱えながら進めていました。でも、緑山のセットの作り手である猪狩浩さんを筆頭にみなさんが本当に優秀で。各セクションの方々が自分たちで考えながら作ってくださるので、全幅の信頼を寄せて制作することができました」と胸中を語る。

『アンチヒーロー』のセットデザインはほぼ終わったという岩井氏はこう振り返る。「本作は台本がとても面白い。読んで面白いと思える台本ってなかなか巡り合わないものです。どの作品にも命がけで取り組んでいますが、作品自体に引き込まれなかったら、ここまで命をかけて没入したいと思えなかったかもしれません」。二見氏は「原作がない、オリジナル作品だからこそみんなでゼロから世界観を作っていくことができていますし、その熱量は画面を通しても伝わっているのではないでしょうか」と視聴者に語りかけた。
撮影の構想まで覆すセットの力
取材中に顔を出したのは、本作を手掛ける飯田和孝プロデューサー。最初にセットに入った感想を聞くと「質感も含めて全部好きで、レイアウトも最高なので、自分の家にしたいくらい(笑)。光の差し込み方や見る角度によって印象が違うのも面白い。実は、このセットができてから撮影場所を変えたシーンもありました。普通はシチュエーションにとって自然な場所で撮影するのですが、第2話の明墨と赤峰柊斗(北村匠海)のシーンは、絶対明墨の部屋がいいと思って当初の想定から変更。この部屋を見てから、外で撮るつもりだったシーンをセットで撮影すると決めて、後半はセット数も増やしてもらいました」と、セットの力を明かした。

ドラマの映像を大きく変えるほど、セットの存在は偉大。取材の終わりには、岩井氏が広いスタジオの全貌が見渡せる場所に案内してくれた。そこから見えたのは大きなスタジオいっぱいにセットが隙間なくぎっちりと並ぶ圧巻の光景。「僕も1つのスタジオにこんなにセットが立つのは見たことがないです」と、晴れやかな顔で命を削って作ったという渾身の力作を眺めていた。
