17:05 天皇陛下 能登町の避難所で約50年ぶりの再会も
天皇皇后両陛下は午後5時すぎ、石川県能登町の松波中学校を訪問されました。陛下は学習院高等科の1年生だった1975年に能登を訪問された際に、交流があったという女性とも再会し「50年経ちますけど、本当に懐かしいです」と語られたということです。
半世紀ぶりに再会を果たしたという濱美智子さん(85)は「(陛下は)懐かしくおっしゃっていました。本当に遠い所からよくおいでくださったと感謝しております」と話していました。
15:20 両陛下が能登町に到着 津波の被災地など視察へ
天皇皇后両陛下は穴水町を後にし、午後3時20分ごろ、陸上自衛隊のヘリコプターで能登町に到着されました。このあと、津波の被害を受けた現場などを視察される予定です。
15:00 小学生2人含む16人が犠牲の土砂崩れ現場へ黙礼
天皇皇后両陛下は、穴水町の港も視察されました。災害で出たがれきなどの廃棄物を前に、陛下は「ごみの総量は?」と尋ねると、吉村町長から「町の90年分です」などと説明を受けられました。

そして、港の向こうに見える土砂崩れ現場に向かって10秒ほど黙礼をされました。穴水町で亡くなった20人のうち、この土砂崩れだけで小学生2人を含む16人が犠牲となっています。
13:42 「優しい言葉で泣けてきた」両陛下のお見舞いを受けた被災者
両陛下は12日午後、避難所となっている石川県穴水町の「さわやか交流館プルート」を訪れ、被災者を見舞われました。この避難所では現在も29世帯46人が避難生活を余儀なくされています。

地震で自宅が損壊し、応急危険度判定で立ち入りが制限された米田吉朗さん(76)は、妻・美智江さん(76)とともに両陛下からお見舞いを受けました。
吉朗さんは「本当は家に帰りたいが、怖くて帰れない。年金暮らしなので、仕事を失ったりなどの状態ではない」と話していました。報道陣からの取材を受ける途中、涙を流し「優しい言葉で泣けてきた。心から心配していただきました」と話していました。
13:39 穴水町の避難所に到着 被災者をお見舞いへ
石川県穴水町を訪問されている天皇皇后両陛下は、地震で多くの建物が倒壊した穴水町の商店街を視察されたあと、避難所となっているさわやか交流館プルートに到着されました。

このあと被災者を見舞うほか、災害対応に尽力した人を労われる予定です。
12:45 両陛下を乗せた穴水町にヘリ到着
石川県によりますと、天皇皇后両陛下を乗せた自衛隊のヘリコプターは、穴水町に着陸しました。

11:34 馳知事・細田県警本部長が出迎え
両陛下は午前11時半すぎに特別機を降り、出迎えた馳浩知事と細田正県警本部長とあいさつを交わされました。

11:26 両陛下を乗せた飛行機 能登空港に着陸 休憩時間短縮へ
両陛下を乗せた飛行機は午前11時半ごろ、石川県輪島市の能登空港に着陸しました。機材トラブルのため、羽田空港で代替機に乗り換えたため、予定より1時間ほど遅れての到着です。
両陛下は、空港内での休憩時間を短縮して、このあと穴水町と能登町を訪問されます。
10:48 代替機が羽田空港を離陸
天皇皇后両陛下を乗せた代替機は、午前10時48分に羽田空港を離陸しました。順調に飛行した場合は、およそ40分後に能登空港に着陸する予定です。

両陛下の石川県への訪問をめぐっては、去年10月15日の国民文化祭開会式への出席の際にも、機体のフラップの位置を確認するセンサーのシステムトラブルで離陸を取りやめ、代替機で小松空港へ出発されました。
10:10 機材トラブルで両陛下が特別機を降りられる
両陛下は午前9時半ごろに特別機に乗り込まれましたが、滑走路へ移動を始めた直後に機体トラブルが確認されたため、午前10時10分に特別機を降りられました。このあと代替機で能登空港へ向かわれる予定です。
両陛下 3月22日に続き被災地訪問 穴水町・能登町へ
天皇皇后両陛下は12日、能登半島地震の被災地、石川県穴水町と能登町を日帰りで見舞われます。両陛下は12日午前に特別機で羽田空港から能登空港へ向かい、その後、自衛隊のヘリコプターを利用するなどして穴水町、能登町の順に訪問されます。
被災地の負担を減らすため、昼食は前回と同様に持参されるということです。それぞれの町で土砂崩れや津波被害の現場を視察するほか、被災者を見舞い、災害対応に尽力した人と懇談される予定です。
両陛下は3月22日にも、被害が大きかった輪島市と珠洲市を日帰りで訪問していて、その後、宮内庁と石川県で調整し、新たに同じ奥能登地域の穴水町と能登町を見舞われることが決まりました。