「言葉はなくとも気持ちを込める」

小川キャスター:
その街でワークショップが行われていましたよね。トラウデンさんは「大川竹あかり」に設置される灯籠も取材されましたよね。

トラウデン直美さん:
みんなで「それ持ってここを開けて」と、交流しながら作りました。

小川キャスター:
この灯りの一つ一つに、たくさんの思いが詰まっているのを感じます。

そのワークショップを始めた紫桃隆洋さんは、娘の千聖さんを亡くされて、語り部活動もされている。その思いをどのように受け止めましたか。

トラウデン直美さん:
(私が)お嬢さんと同い年で、もしかしたら私の友達だったかもしれない、どこかで出会っていたかもしれないということを、紫桃さんのお話を聞きながら感じていました。いろいろなお話を伺いながら、「なぜなぜ」と思ってしまうところがたくさんありました。

ただその中でワークショップに来てる方のいろいろなお話を伺っていても、それぞれに違う気持ちがあって、同じ被災者でも、家族を亡くされた方、そうでない方、地元に住んでいる方、離れている方、みんなそれぞれ思いや受け止め方はおそらく違ったりする中で、集まって何かを作るというのは、すごく大事な機会だというふうに思います。

1人いらしてた女性の方が「2011年の夏に一度来たんだけど、気持ちが溢れすぎて、車から降りられなかった」ということをすごく後悔されていて、「今回このワークショップをきっかけに、もう一度大川に来て、降りて手を合わせることができたから本当にすごくよかった」というふうにおっしゃっていました。

どんどん言葉なく、みんなで作っていくんですよね。だから、いろいろな思いを抱えながらも作っているものは同じで、言葉はなくとも気持ちを込めるという場になっていたなと感じます。

小川キャスター:
皆さんのそれぞれの思い、背中を温かく押す光になっていくと思います。

そして、大川小学校で津波にのまれながらも助かった只野さんを、大友さんは取材してきました。只野さんにとって、学校はつらい記憶の場所になってしまったわけですが、それでも校舎を残していきたい。そこにはどんな思いがあったんですか。

tbc東北放送 大友惇之介 記者:
石巻市の住民の間でも、校舎を残すべきか、取り壊すべきかというのはかなり意見がわかれたところです。その中で当時小学生だった只野さんたちにとっては、自分たちが毎日通っていた思い出の詰まっている学校というのもあり、それが取り壊されることは、思い出そのものも壊されることに他ならない。そういうふうに捉えていらっしゃいました。

活動がどんどん続いていく中で、県外で伝承活動をしたり、被災体験を語るということもあったんですけれども、地域の方々と交流をしていく中で、只野さんはふるさとの温かみのようなものを感じたそうです。

一方で、自分のふるさと・大川に戻ったときに、そのふるさとの温かみのようなものが、人がどうしても住めない地域ということもあって、少しずつ失われていっている。これはやはり「賑わいを取り戻さなきゃいけない」というような思いが強くあり、今回こういう取り組みのため、思いを強くしていったんだと思います。

やはりどうしても大川は、過去を振り返って、あの震災があった場所というふうに捉えられがちですが、やはり「未来の話をしていきたい」、と強く思っていらっしゃると思います。