24歳卒業生が見据える“復興のその先”

大川小のことを、地域で共に、伝えていく取り組み。
新しい挑戦を今年(2024年)から始めようとしている人もいます。大川小学校の卒業生、只野哲也さん(24)です。

2023年10月、只野さんが向かったのは、大川小の隣にある空き地。新たな目標の実現のため、この場所で今、あるプロジェクトを進めています。
大川小の卒業生 只野哲也さん(24)
「伝承館はあるが、少し落ち着いて腰を下ろして、お茶を飲みながらゆっくり話をする空間がないので、それをつくりたい」
東日本大震災で失われた賑わいを、大川地区に再び生み出すための拠点づくりです。
只野哲也さん
「大川に新たな象徴をつくることを最大のゴールにしている」

13年前の3月11日、当時11歳の只野さんは、津波にのまれながらも奇跡的に助かりましたが、祖父、母、妹の3人を失いました。
そして2015年に…

只野哲也さん(当時15歳)
「私は絶対に大川小の校舎を残してほしいと思います。原爆ドームが原爆や戦争の愚かさを伝えてきたように、大川小も地震や津波の恐ろしさや命の大切さを、何十年、何百年、何千年と、後世の人に伝えるきっかけになればと思います」
校舎を残すかどうか、住民の間で意見が割れるなか、只野さんは校舎を震災遺構として残すため、仲間たちと活動してきました。

大川小は伝承の場所であると同時に、大切な母校であり、ふるさとの象徴だったからです。
復興事業が進み、大川小学校で防災を学ぼうと県内外から多くの人が訪れている一方で、多くの若者が地元を離れていく現状に、只野さんは危機感を抱いています。
大川で救われた命を、未来の大川に繋いでいきたい。只野さんは、復興のその先を見据えています。
大川小の卒業生 只野哲也さん(24)
「自分たちで仕事をつくって雇用を生んで、若者が帰ってきて生活するには産業と観光」

賛同する企業も少しずつ増えてきました。神奈川県横浜市でコンテナハウスの施工を手掛ける菅原修一さんは、事務所などに使えるコンテナハウスを無償で提供することを決め、運んできてくれました。
コンテナハウスを提供 菅原修一さん
「本人や関係のある人たちと話して、思いがすごく伝わってきた。(被災地の)いまの現実を学んでもらえるような場所づくりを広めてもらいたい」
地域の中心だった大川小のまわりに、多くの人が帰ってこられるように。震災13年目で踏み出した、大きな一歩です。

大川小の卒業生 只野哲也さん(24)
「あのときの校舎を残すときの自分たちがどういう熱量で、どういう気持ちで臨んでいたのか、忘れている節がすごくある。
建物ありきじゃなくて、その建物があることによって、ソフトの面が本当の意味で復興に向かうような最初の要石というか、土台となるようなものができたらいいな」














