南三陸町の防災対策庁舎をめぐる動きを改めて振り返ります。
1995年に、当時の志津川町の防災対策庁舎が完成します。しかし、東日本大震災の津波で職員ら43人が犠牲になります。

その後、保存か解体の議論が巻き起こるなか、2013年、佐藤仁町長が解体を正式発表します。これに対し、2015年1月、県の有識者会議が「保存すべき」との結論を出し、村井知事も2031年まで県が所有し管理することを提案します。これらを受けてその年の6月、佐藤町長は県有化を受け入れることを表明しました。その後、防災対策庁舎を含む一帯は南三陸町の震災復興祈念公園となります。そして、きょう佐藤町長が会見し防災対策庁舎の所有を県から町に戻し震災遺構としての保存を表明したというわけです。














