「局面が変化」とは何を意味するのか
日銀は9月17-18日の金融政策決定会合で追加利上げを決定した。市場では利上げそのもの以上に、植田総裁が会見で用いた「政策の局面が変化した」という表現に注目が集まっている。植田総裁は会見で、「これまでは、基調的な物価上昇率が2%より低いと見られる中で、それを上昇させることがある意味短期的な政策の狙いでした。これに対して、現在、基調的な物価上昇率が2%に接近しつつありますので、それが、基調的な物価上昇率が2%の物価安定の目標を超えて上振れていくリスクが顕在化し、その後の経済に悪影響を及ぼすことがないよう、基調物価上昇率を2%程度の水準で安定させていくという観点が重要になっています。そういう意味で、政策の局面が変化したと考えています」(時事通信の詳報より。以下同)と述べた。
この発言は、インフレの上振れリスクへの警戒として受け止めることもできる。しかし実際には、それ以上に広い意味を持っている可能性がある。今後の日銀ウォッチにおいて、「局面が変化」という言葉が何を意味するのかは重要な論点となるだろう。
インフレ上振れを容認しにくい段階へ移行
第一の意味は、基調的なインフレ率の上振れを以前ほど容認できなくなったことである。市場ではまずこのような解釈が広がったとみられる。
これまでの日銀は、基調的な物価上昇率が2%を下回ると考えていたため、一時的な物価上振れについては比較的寛容であった。むしろ物価上昇率が2%へ向かう過程では、一定のオーバーシュートは許容され得るとの考え方が背景にあったとみられる。
しかし植田総裁は今回、基調的な物価上昇率が2%に接近しつつあるとの認識を明確に示した。そうであれば、インフレ率の上振れはもはや歓迎すべき現象ではなく、警戒すべきリスクになる。局面の変化とは、政策目的が「インフレ率を引き上げること」から、「インフレ率を2%程度に安定させること」へと移行したことを意味する。
実際、会見では物価の上振れリスクへの警戒感も示された。今回の利上げは、そうしたリスク管理の観点から正当化されるものであり、今後もインフレ率の上振れリスクが高まれば日銀は躊躇なく追加利上げを実施するというメッセージを含んでいると解釈できる。
デフレ脱却ストーリーは最終局面へ
もっとも、「局面の変化」は単なるタカ派化だけを意味しているわけではないように思われる。
植田総裁は会見で、「経済に悪影響を及ぼすことがないよう、基調物価上昇率を2%程度の水準で安定させていく」という新たな課題を示した。これは、これまでの日銀の政策運営が概ね成功してきたことのアピールとも受け取れる。
振り返れば、異次元緩和以降の日銀の大きな物語は、①異次元緩和によってデフレ圧力を弱める、②異次元緩和だけでは十分な物価上昇が実現しなかったため、イールドカーブコントロール(YCC)などを通じて低金利・円安環境を維持し、コストプッシュ型インフレの発生を待つ、③コストプッシュ型インフレを契機として、人々の期待形成をデフレノルムからインフレノルムへ転換する、④インフレノルムの定着に合わせて異次元緩和の正常化を進める、という流れであった。
そして今回の日銀は、その次の段階に足を踏み入れた可能性がある。すなわち、⑤基調的なインフレ率を2%近辺に安定させると同時に、異次元緩和の完全正常化を実現する、⑥その後は通常の中央銀行として景気や物価に応じた機動的な政策運営へ移行する、というフェーズである。
会見では植田総裁が金融環境について「緩和的ではありますが、その度合いは政策金利を引き上げることによって少しずつ縮まっているというふうに考えております」と述べた。これは、もはや大幅な緩和効果の拡大を期待する段階ではなく、正常化の完成を見据える局面に入りつつあることを示唆しているようにみえる。
焦点は中立金利到達と正常化の完成へ
こうしてみると、今回の「局面が変化」という発言には二つの意味が重なっている。一つはインフレ上振れへの警戒強化であり、もう一つはデフレ脱却プロジェクトが終盤に近づいているという自己認識である。
決定会合後の市場では、「局面が変化」という言葉からタカ派的なニュアンスを受け取った向きが多かったようである。しかし植田総裁はインフレリスクには機動的に対応する一方で、金融システムや資産価格への影響にも十分配慮する姿勢がうかがえる。確かに、今後インフレ率が上振れれば、日銀は追加利上げを通じてタカ派姿勢を強めるだろう。しかし、インフレ率が上振れなければ話は別である。日銀はすでに緩和的な局面を脱した(中立金利を達成した)とし、利上げはいったん停止される可能性が高い。
現在の政策金利は中立金利の推計レンジに入り始めている。そうだとすれば、日銀の関心は「どこまで利上げするか」から、「どの水準で異次元緩和の正常化が完成したと判断するか」へ徐々に移りつつあるのではないだろうか。
全体としては、インフレノルムを定着させるために追加的な緩和効果を追求する局面は終わりに近づいているように見える。今回の「局面の変化」とは、インフレ率を押し上げるための金融政策から、インフレ率を安定させるための金融政策への転換であると同時に、異次元緩和の出口戦略そのものが最終盤へ差し掛かったことを示すシグナルなのかもしれない。
その意味では、一連の利上げ局面は終わりに近づいている可能性が高い。今後も追加利上げの余地は残るものの、ターミナルレートが2%を大きく超えて上昇していくシナリオの可能性は現時点では高くないと考えられる。植田総裁のいう「局面の変化」とは、利上げ加速の宣言というよりも、異次元緩和以降の長いデフレ脱却プロセスが最終局面に入りつつあることを示す言葉として理解する方が自然ではないだろうか。
(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)