「積極財政」は「理念先行」から「市場対話」へ

9月17日、第二次高市改造内閣が発足した。今回の内閣改造では外交・安全保障分野を中心に閣僚の入れ替えが行われた一方、マクロ経済政策の中核を担う片山財務相と城内経済財政相はともに留任となった。高市政権が掲げる「責任ある積極財政」の路線は、少なくとも人事面からみる限り、大きな変更なく維持される公算が大きい。

片山財務相については比較的早い段階から続投観測が報じられていた。一方で城内経済財政相については、報道によれば「当初、別のポストを希望したが、続投案を温めていた首相が『他にやれる人はいない』と留任を要請した」(日経新聞)とされている。市場では従来から、城内氏は高市政権の積極財政路線を理論面・制度面から支える重要人物とみられており、仮に退任した場合には「高市政権は積極財政路線を修正した」との観測が浮上する可能性があった。

実際、政権としても難しい判断を迫られていたと考えられる。高市政権はリフレ派をはじめとする支持層に対して、「責任ある積極財政」を引き続き推進する姿勢を示したいとみられる。他方で、金融市場では財政拡張への警戒感が根強く、いわゆる「骨太ショック」の再来や「日本版トラスショック」を回避する必要もある。筆者は、高市政権が積極財政の旗は降ろしたくない一方、債券市場や為替市場の安定も強く意識せざるを得ないという、微妙なバランスの上に立っているとみている。

その観点からすれば、人事面では①城内氏を他の重要閣僚へ横滑りさせる、あるいは②やや意外感を伴いながらも続投させる、という二つの選択肢が現実的だった。結果として市場参加者からは②の「微妙な判断での留任」と映った可能性が高い。少なくとも「積極財政路線が後退した」とも「積極財政路線が強化された」とも言えない状況であり、高市政権としては意図した着地点に落ち着いたと考えられる。

指示書に表れた「政府主導」のニュアンスの変化

もっとも、人事の継続がそのまま政策の不変を意味するわけではない。むしろ今回注目すべきなのは、高市首相が各閣僚に対して示した指示書の文言の変化である。日経新聞が報じた「18閣僚への指示書」の全文から、全閣僚向けの共通指示を比較すると、高市政権の経済運営の考え方には微妙ながら重要な修正が加えられていることが分かる(以下はいずれも日経新聞が報じた指示書の全文より)。

例えば、政権発足時の2025年10月版では、

「財政の持続可能性には常に配慮しつつも、『責任ある積極財政』の考え方の下、戦略的に財政出動を行うことにより、暮らしの安全・安心を確保するとともに、所得を向上させ、消費マインドを改善し、税収を増加させる」

とされていた。
これに対し、2026年9月の内閣改造版では、

「我が国の潜在成長率を高め、雇用と所得を増やし、消費マインドを改善し、事業収益が上がり、税収が自然増に向かう、GDP拡大の下での好循環を実現させることで、債務残高対GDP比を安定的に引き下げ、日本経済の力強い成長と財政の持続可能性を両立させる」

との表現へ改められた。

大きな違いは、政権発足版では「財政出動」が経済成長の起点だったのに対し、内閣改造版ではその位置づけが曖昧になっていることである。後者では「潜在成長率を高める」ことが出発点となっているが、その具体的手段は明示されていない。「財政出動」をあえて前面に出さない文章構成へ変更されたことは明らかだろう。

この変化を踏まえて、この直前にある成長戦略に関する記述を確認すると、興味深い。政権発足版では、

「様々なリスクや社会課題に対し、官民手を携えて先手を打って行う『危機管理投資』を肝として、日本経済の強さを取り戻すための成長戦略を始動させ、軌道に乗せる」

とされていた。
一方、内閣改造版では、

「政府が一歩前に出て、官民連携の下、『日本成長戦略』の17の戦略分野を中心とした大胆かつ戦略的な『危機管理投資』、『成長投資』を推進するとともに、『地域未来戦略』の3類型に基づく産業クラスター計画を進めることで、日本列島の隅々まで力強い経済成長を実現する」

へと変化している。

ここで興味深いのは、内閣改造版で追加された「政府が一歩前に出て」という表現である。この文言は各閣僚向けの個別指示にも繰り返し登場するキーフレーズである。しかし、その一方で「財政出動」という言葉は後退している。
そう考えると、政府が自ら支出を増やして需要を創出するというよりも、規制緩和や制度改革を通じて民間部門の投資と成長を誘発することが念頭に置かれていると解釈できる。全体としてみれば、共通指示からは積極財政色の若干のトーンダウンと、成長のドライバーについて「政府主導から官民連携へ」という方向転換が読み取れる。後述するように、ベッセント財務長官が主張するポリシーミックスと呼応する変化だと、筆者はみている。

市場との対話が期待される片山・城内ライン

片山財務相と城内経済財政相への個別指示では、市場との対話が重視された。
両大臣の指示の冒頭部分は引き続き、

「『責任ある積極財政』の考え方に基づく経済・財政運営を行う」

とされた。したがって、政府自らが積極財政路線の変更を認めているわけではない。

しかし、内閣改造版では両者に対し共通して、

「『責任ある積極財政』の考え方に基づく経済財政運営について、コミュニケーションの強化を通じ、市場の信認を確保していくため、国民や国内外の市場関係者に、『経済財政運営と改革の基本方針2026 元年 〜日本の挑戦を起動する!〜』の内容を含め、経済財政運営について透明性高く、一貫した説明を行う」

という指示が新たに加えられた。

これは非常に象徴的である。2025年版には存在しなかった「市場の信認」という言葉が前面に登場したからである。高市政権は発足当初、「責任ある積極財政」の理念そのものを打ち出すことに注力していた。しかし第二次政権では、その政策をどう説明し、どう市場に受け入れてもらうかが重要課題になっていることがうかがえる。

なお、2025年版では、

「経済・財政新生計画に基づき、歳出・歳入両面からの改革を推進し、経済再生と財政健全化を両立させる」

とされていた。これに対し、2026年版では、

「『中長期経済財政計画』に基づき、財政の単年度主義の弊害是正、補正予算依存からの脱却など、予算編成を抜本的に見直し、強い経済の構築と財政の持続可能性を両立させる」

へと変更された。一見すると、「財政健全化」という言葉が消えたことで、積極財政色が強まったようにも見える。しかし実態はそう単純ではない。城内経済財政相を中心に、高市政権では「財政健全化」という用語そのものが緊縮財政を連想させるとして避けられているとされる。実際には「財政の持続可能性」という表現がその代替概念として使われており、内容面では大きな違いはないと考えられる。

「リフレ政策の継続」から「軌道修正された積極財政」へ

総じてみると、新たに示された指示書は「積極財政の放棄」を意味するものではない。むしろ、高市政権が積極財政を継続しながらも、市場との対話や財政の持続可能性への配慮を強める方向へ軌道修正したと理解できる。

この変化は、「日本版トラスショック」への警戒感に加えて、ベッセント財務長官が問題視している政府主導型のリフレ政策からの緩やかな転換とも整合的である。同長官はG20の場で、「規制緩和や民間部門の成長を促進する政策を、G20各国がより広く受け入れるべきだと主張した」(アクシオスより筆者訳)と報じられている。世界的に政府債務への懸念が高まり、長期金利の上昇圧力が続く中では、各国とも成長戦略を財政支出だけに依存することが難しくなっている。

高市政権も同様である。政治的には「積極財政」の看板を維持する必要がある一方、金融市場の安定も損なえない。その結果として示されたのが、「理念先行の積極財政」から「市場対話を伴う積極財政」への移行である。結果的に、成長のドライバーは「政府主導」から「官民連携」にシフトしていくだろう。市場からトーンダウンと受け取られないよう慎重に配慮しながらも、実際には少しずつ政策運営の重心を移している。その微妙な変化こそが、今回の閣僚指示書の最大の特徴である。引き続き、高市政権の「積極財政」は維持されるとみられるものの、その姿勢はピークアウトの局面に入りつつあると筆者はみている。

(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)