【記事の要旨】
・米国を中心に未来の事象に賭ける「予測市場」が急拡大し、取引額は100倍に急増。
・政治やスポーツ、戦争までも投資対象となり、倫理的懸念や法規制との摩擦が激化。
・勝敗の構図はウォール街と同様。大口投資家が利益を独占し、若年層の損失が問題に。
宇宙人の存在から戦争まで 急成長する「予測市場」の熱狂と潜むギャンブル化のリスク
「今年の富豪1位は誰か」「宇宙人は存在するのか」「キリストの再臨はあるのか」――。こうしたありとあらゆる未来の出来事を予想して、お金を賭ける人々が存在します。彼らが利用しているのは、「予測市場」と呼ばれるオンラインプラットフォームです。
近年、この予測市場の人気がアメリカを中心に爆発的に高まっています。「カルシ(Kalshi)」や「ポリマーケット(Polymarket)」といったサイトがその代表格です。カルシはCNNやCNBCといった大手メディアと提携し、Googleもデータの統合を発表しました。また、MLB(メジャーリーグベースボール)がポリマーケットを公式パートナーに選定し、ニューヨーク証券取引所の親会社も同社に出資するなど、予測市場は急速に市民権を得つつあります。

取引額は100倍に「金融化」するあらゆる事象
市場で動いている金額も桁違いに急増しています。カルシが扱う週間取引高(想定元本)は、2025年初頭の3000万ドルから、現在では約30億ドルへと実に100倍に跳ね上がりました。
このブームにより、ニュースや情報を元に取引を行う新たな参加者が次々と生まれています。「カルシで得た利益で学生ローンや車のローンを完済できた」と語るユーザーもいるほどです。しかしその一方で、市場に参加する18歳から35歳の大勢の男性たちが、支払いを済ませるどころか多額の損失を出しているという厳しい現実も存在します。

デリバティブか、ギャンブルか 州政府との激しい対立
予測市場の運営側は、自らのビジネスを「ギャンブルではなく、小麦先物のようなデリバティブ(金融派生商品)取引の一種であり、社会的に有益な機能を持つ」と主張しています。カルシなどは米商品先物取引委員会(CFTC)の規制下にあり、結果が「はい」か「いいえ」の二択で、需要に応じて価格(1株1〜99セント)が変動する仕組みを採用しています。胴元が存在せず、ユーザー同士の取引を仲介して手数料を得る点が、従来のスポーツ賭博とは異なります。

しかし、利用者の実態は異なります。カルシにおける週間取引高の約7割はスポーツ関連が占めているのが現状です。アメリカでは2018年の最高裁判決以降、約40の州でスポーツ賭博が合法化され、州に多額の税収をもたらしていますが、各州の規制当局は税収を生まない予測市場への不満を強めています。事実、アリゾナ州など複数の州が「何がスポーツ賭博に当たるかは州が管轄すべきだ」として、カルシやポリマーケットを違法賭博の運営容疑で提訴する事態に発展しています。

世論調査を超える予測精度とインサイダー取引の「容認」
予測市場が社会的な評価を決定的に高めた出来事の一つが、2024年のアメリカ大統領選挙です。大手メディアの世論調査ではトランプ氏とハリス氏が互角とされていた中、予測市場は市場の原理を用いてトランプ氏の勝利を正確に予測しました。トランプ氏のメディア企業も独自の予測市場を発表するなど、政治は巨大な賭けの対象として定着しています。

一方で、法や倫理の境界線は曖昧になりつつあります。通常の金融市場では厳格に禁じられている「インサイダー取引」ですが、予測市場において内部情報は、市場を正しい結果へと導く「道しるべ」として機能します。ポリマーケットのようなプラットフォームでは、非公開情報に対する金銭的動機付けが市場を動かすため、インサイダー取引は修正すべき「バグ」ではなく、むしろ「機能」として捉えられているのです。過去には、ベネズエラのマドゥロ大統領退陣を事前に知っていたと思われる人物が、多額の利益を上げた事例も報告されています。

ウォール街化する「勝者と敗者」
さらに深刻な懸念が、紛争や暴力の金融化です。アメリカとイスラエルがイラン攻撃を準備する中、ポリマーケットなどでは関連取引が急激に増加しました。CFTCの規制下にあるカルシでは暗殺やテロ、戦争への賭けは禁止されていますが、海外に拠点を置き、VPNを経由してアメリカのユーザーに利用されているポリマーケットでは、倫理に反するような市場が多数開設されたままです。

お小遣い稼ぎや娯楽として少額を賭ける一般ユーザーがいる一方で、この市場で継続的に勝ち残るのは容易ではありません。例えば、ビルボードチャートの1位を予想し、SNSのファンページを徹底的に監視してテイラー・スウィフトの売上予想を的中させた若い教師のような成功例もあります。しかしデータが残酷に示しているのは、小口投資家ほど負ける確率が高く、多額の資金を投じて高度な分析を行うプロが利益を独占しているという現実です。これはまさにウォール街の構図そのものです。
未来を予測するツールか、巨大な賭博場か
予測市場の推進派は、いずれこの市場が株式市場をも凌駕する規模になると主張しています。あらゆる対象に賭けられるという点こそが、最大の魅力だからです。

しかし、その前途は不確実性に満ちています。現在進行中の数多くの裁判が州政府側に有利に決着し、スポーツ賭博として厳格な規制対象になれば、現在のビジネスモデルは根底から覆る可能性があります。情報の価値を可視化し未来を予測する革新的なツールとなるのか、それとも大口投資家だけが肥え太る無法地帯となるのか。急成長を遂げた予測市場は今、その真価と社会的な在り方を大きく問われています。