要旨

・政府は過去の失敗を教訓に、官民投資の管理体制を強化すべきだ。

・海外の政府は目標を厳格に定め、達成度に応じて資金を交付する。

・日本も第三者評価を導入し、予算を柔軟に再配分すべきである。

序論:本レポートの背景と目的

我が国の経済財政運営は、官民協調による戦略的投資を通じて潜在成長率を高める方向へと舵を切っている。しかし、どれほど巨額の予算枠を確保しても、ガバナンスと評価手法が脆弱であれば政策効果は大きく損なわれる可能性がある。

そこで本稿では、過去の「クールジャパン機構」等の官民ファンド・支援事業における課題を教訓とし、米国・英国・フランス等の先進事例を踏まえた政策の実効性向上策を提言する。

クールジャパン機構の失敗構造と得られる教訓

クールジャパン機構等で生じた問題点は、主に以下の4点に整理される。まず1点目が、目標と責任の曖昧さである。クールジャパン機構では、政策目的と収益性の関係、優先順位が整理されず、定量的なKPIや到達点が不明確であった。このため、収益性の判断が甘いだけでなく、政策目的も当初は「海外需要開拓」が中核であったが徐々に「クールジャパン」の定義が拡大したが、その意思決定の主体・責任が不明確であった。2点目が、資金交付のあり方である。クールジャパン機構では、事業進捗に応じて資金が段階的に交付されるのではなく、事前の計画はあったものの、資金提供は無条件・一括に近い形で資金供給が行われた。3点目が、撤退ルールの欠如である。クールジャパン機構に代表される官民ファンド全体の課題として、当該機関の累積損失が計画からどの程度乖離すれば、新規投資を停止し、解散検討に進むか、といった官民ファンドの撤退ルールが曖昧だったため、クールジャパン機構による支援が惰性的に継続した。そして4点目が、ポートフォリオ管理の欠如である。クールジャパン機構では、投資全体を「ポートフォリオ」として把握し、リスクや進捗状況に応じて資金を動的に再配分する運用が十分になされていなかった。

海外主要国における先進的事例の分析

一方、海外の産業政策では、支援の実効性と規律を高めるため、先進的な制度設計が導入されている。

まず米国の事例として、「CHIPSおよび科学法」や「ARPA-E」がある。まず前者は、米国内での半導体製造および研究開発を促進するため、2022年8月に成立した連邦法であり、約527億ドルの直接支援金・融資枠および投資税額控除を規定している。そして、評価・ガバナンス構造として、補助金交付にあたり、設備投資額、生産能力、実際の生産量、雇用数などを多段階の「中間目標」として設定。達成度に応じた段階的資金交付を原則とし、目標の大幅未達や安全保障上の懸念が生じた場合には補助金を差し止める・回収する「返還条項」を厳格に適用している。

また後者は、米国エネルギー省傘下の先端エネルギー技術研究計画局であり、民間の投資が届きにくい「高リスク・高インパクト」な初期段階のエネルギー技術開発に対して支援を行う公的機関である。そして、こちらの評価・ガバナンス構造は、技術的成果および市場化可能性について厳格かつ具体的な定量的マイルストーンを月次・四半期単位で設定しており、進捗が著しく不良なプロジェクトについては、研究途中であっても拠出を即座に打ち切る厳格なポートフォリオ運用を実施している。

続いて、英国の事例として「産業戦略諮問会議」がある。こちらは、英国政府が2024年12月に設置した独立型諮問機関であり、中長期的な産業戦略の設計や、実施に関する助言および政策効能の客観的なモニタリング・評価を担当している。そして評価・ガバナンス構造としては、重点産業分野ごとの経済指標、KPI、実施根拠を可視化し、進捗状況を定期的に広く公表しており、政治的影響から独立した立場で政策の実効性を検証し、不十分な政策に対する是正勧告を行うことになっている。

続いて、フランスの事例として「France 2030」がある。こちらは、マクロン大統領が2021年10月に発表した総額540億ユーロ規模の長期国家投資計画であり、脱炭素化、半導体、宇宙、バイオ、未来のモビリティなど先端成長領域の強化を目的としている。 そして評価・ガバナンス構造として、国家レベルで16の明確なKPIを設定しており、運用開始3年で14の指標が予定通りまたは前倒しで進捗している旨をダッシュボード形式で公表し、極めて厳密な進捗管理を行っている。

続いてカナダの事例として「SIF」がある。こちらは、カナダイノベーション・科学経済開発省が管轄する、同国最大規模の産業イノベーション支援枠組みであり、大規模な研究開発、製造拠点の拡張、技術実証を行う企業等を対象としている。そして、評価・ガバナンス構造として、支援合意の際、雇用維持・創出、研究開発投資額、知的財産権の確保等のマイルストーンを義務付け、成果達成度合いに応じて後払い・分割で資金を交付する仕組みを導入している。

最後にイタリアの事例として「PNRR」がある。こちらは、EUのコロナ禍後の復興基金を受け、イタリア政府が策定した総額2,000億ユーロ超の大規模投資・改革計画。グリーン移行、デジタル化、競争力向上を目指している。そして評価・ガバナンス構造としては、EU欧州委員会に対する資金請求の条件として、非常に細かく設定された「定量的目標」と「質的・制度的目標」の厳格な達成が義務付けられており、未達の場合は資金拠出が即座に留保・削減される仕組みとなっている。

骨太方針を踏まえた「新PDCA」と実効性強化への提言

日本成長戦略における先端分野への投資においても、「失敗のリスク」は不可避であり容認されるべきだが、「失敗した事業に予算を垂れ流し続けること」は厳しく排除されるべきである。

こうしたことからすれば、骨太方針2026にも記載されている通り、5W1Hを明確化した「マイルストーン連動型・段階的交付」の徹底が必要となろう。具体的には、「誰が、何を、いつまでに」達成するかを契約・支援要綱に明記する。また、研究開発段階、設備投資、雇用、実生産量などのマイルストーンを設定し、達成度に連動して資金を段階的に出す仕組みを導入することが必須となる。

また、17分野62技術の「ポートフォリオ型動的予算再配分」も重要になってこよう。具体的には、個別技術の成否のみに固執せず、戦略分野全体を一つの「ポートフォリオ」として把握し、途中で成果を出すことが困難になった分野は早期に縮小・撤退を判断し、生み出した財源を好調分野や新技術へ速やかにシフトするといった取り組みである。

さらに、英国型「第三者諮問・モニタリング機関」による客観的検証も必要になろう。具体的には、英国の産業戦略諮問会議等を参考に、独立した第三者機関がエビデンスを定期公表する仕組みを構築し、政策の有効性を可視化することでPDCAの精度を高める必要がある。

今後、わが国の成長戦略は本格的な実行段階へと移るが、「17分野62技術」に及ぶ先端分野への投資において、失敗はつきものであり、途中で成果を出すことが困難になる分野が出ることは当然の前提であることからすれば、それ自体に目くじらを立てる必要はないだろう。

重要なのは、だからこそ厳格なPDCAを回し、戦略分野全体を一つの「ポートフォリオ」として捉え、状況変化に応じて効果的に予算を組み替えていくガバナンスである。今回の骨太方針の方向性を強力に後押しし、責任ある積極財政を担保するためにも、海外並みの厳格な仕組みの早期具体化が強く求められる。

(※情報提供、記事執筆:第一ライフ資産運用経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣)