■要旨
・企業は、モノだけでなく時間や安心などの体験価値も価格化。
・消費者は、単なる金額の高さ以上に価格差の公平性を注視。
・企業経営に不可欠なのは、顧客への配慮と理念を伴う価格設計。
はじめに~価格設定は「いくら取るか」だけの問題なのか
物価上昇が続くなか、企業による値上げは珍しいものではなくなった。もちろん原材料費や人件費、物流費などの上昇を適切に価格へ反映し、収益力を確保することは、賃上げや設備投資、商品・サービスの改善を継続するうえでも重要になる。
その一方で、生活者にとって価格上昇は、日々の暮らしの余力に直結する。日本銀行の調査(2026年6月「生活意識に関するアンケート調査」)では、1年前と比べて「暮らし向きにゆとりがなくなってきた」と答えた人が55.0%を占め、「物価が上がったから」を理由に挙げた人は92.6%に達している。価格をめぐる経営判断には、依然として続くこうした生活者意識も考慮する必要がある。
最近は、価格水準に応じたサービスの広がりもみられる。例えば、新幹線には個室型の上位サービスが登場し、テーマパークでは追加料金によって待ち時間を短縮できる。需要や立地に応じて価格を変えるサービスも幅広い業界でみられるようになった。
価格設定は、企業が提供するサービスの時間、安心、快適性、利用しやすさなどを、生活者の間でどのように配分するかという課題にも関わる。ある価格設定によって一部の利用者の便益が高まる一方、設計によっては、ほかの利用者の待ち時間や利用機会などに負の影響が及ぶ可能性もある。
そう考えると、価格設定は企業側の売上や利益だけで判断するのではなく、誰の便益を増やし、誰にどのような負担や不便を残すのかという視点も必要になるだろう。
そこで本稿では、こうした視点から、企業の値上げやプレミアムサービスをConsumer Well-being(消費者のウェルビーイング)との関係で考えてみたい。
価格差は「空間」から「時間・安心・確実性」へ
まず、最近の主要な価格・サービス設計の例をいくつか整理する。

これらは多くの事例から整理した主要例に過ぎないが、それぞれ値上げのパターンが少しずつ異なることがわかる。
JR東海のSupreme Classは、新たな個室や設備を用意し、その追加価値に高い価格を設定するサービスだ。一方、ディズニープレミアムアクセスやUSJのExpress Passでは、同じ施設やアトラクションを利用する際の「待つ時間」に違いが生まれる。USJの入場券やスターバックスの立地別価格では、利用する日や場所によって、同じサービスでも価格が変わる。
これらの事例を見ても、価格の設定対象が、商品そのものから、時間、順番、静けさ、安心、確実性といったいわば「体感」にシフトしつつあることがうかがえる。
例えば、時間を大切にしたい人や、より快適な環境を求める人に追加の選択肢を提供できれば、利用者の満足度を高めるとともに、企業収益にもつながる可能性があり、こうした価格設計には一定の経済合理性がある。また、混雑時間帯の需要を抑え、利用を他の時間帯へ誘導するなど、需要マネジメントやデ・マーケティングの手段として機能する場合もある。
また、価格を細かく設定する技術は、以前より格段に進んでいるため、需要が集中する時間帯を把握し、利用状況に応じて価格を変え、支払意思額の高い顧客には上位サービスを提示することもある。
そのような企業の値上げやプレミアムサービスによって生じた価格差について、「払いたい人、払える人が払えばよい」し、広い部屋や豪華な座席といった、わかりやすい付加価値のある「空間」を高い価格で提供・受容することはあまり問題視されないと思われる。
しかしその一方で、価格の設定対象が、「広い個室」といった商品や設備そのものから、時間、順番、静けさ、安心、確実性といった体験の条件へと広がるなかで、価格の問題は、単なる高い・安いという比較にとどまらず、誰にどのような体験やアクセス条件を配分するのかというサービス設計の問題にも深く関わるようになってきている。
こうした価格差を、私たちはどのように受け入れるのだろうか。
この問いに答えるためには、上位サービスの便益だけでなく、標準的なサービスや通常利用者の体験にどのような影響が及ぶのかも、あわせて考える必要がある。
「付加型」と「再配分型」――価格差はどこから生まれるのか
まず、この問いについて「追加料金によって、何が増えるのか」という視点から整理する。
例えば、新幹線の個室に追加料金を払えば、通常席にはない専用空間や設備を利用できる。ホテルの広い客室や、航空機の上位座席なども同様である。新しい設備や空間を加え、その追加価値に価格をつけるタイプだ。
一方、テーマパークの有料優先サービスでは、少し性格が違う。追加料金によって新しいアトラクションが増えるわけではなく、同じ体験に到達するまでの時間が短くなる。
本稿では、前者を「付加型」、後者を「再配分型」として整理する。

「付加型」は新しい価値そのものに価格を付けるのに対し、「再配分型」は限られた時間や順番、利用機会へのアクセスの差に価格を付けるタイプと整理している。つまり、新しい個室や設備を追加して生まれた便益なのか。新たな人員や処理能力を増やした結果なのか。それとも、限られた時間や予約枠を利用者の間で組み替えることで生まれた便益なのか、という違いとも言える。
後者の再配分型を例に考えると、限られた時間を有効に使いたい人になど、時間の価値が人によって違う以上、追加料金によって利用順序を変える仕組みには経済的な合理性もある。ある研究では。条件によっては、サービス全体の効率を高める可能性も指摘されている。
ただし、優先枠を設ければ通常利用者にも影響が及ぶ可能性がある。
たとえば、ある研究では、同程度の時間短縮でも、誰がどのような仕組みで優先されるかによって公平感や満足が異なることが示されている。これは、待ち時間の長さだけでなく、「なぜその人が先に進めるのか」というルール自体も評価の対象になることを示唆しているとも言える。
「売れる価格」と「長く選ばれる価格」は同じか
価格について、企業の中長期的な顧客戦略の視点から捉えると、また違った様相が見えてくる。
たとえば、ある商品を今日1000円高くしても販売数が変わらなければ、短期的には価格改定が成功したように見える。しかし、利用した顧客が「割高になった」「この価格なら別の商品でもよい」と感じれば、その影響は次回以降の継続利用に表れる。価格改定直後の売上だけでは見えにくい部分だ。
ある研究でも、価格や稼働率の上昇と、顧客が感じる価値、満足、ロイヤルティとの間には注意すべき関係が確認されている。高くても、それに見合う価値を感じれば顧客は利用する。新しい設備や十分なサービス改善が伴えば、高価格がブランド価値を高めることもある。
一方、サービス内容がほとんど変わらないまま、「需要が強い」「払う人がいる」という理由だけで価格差を広げていけば、時間の経過と共に、企業が得る追加収益と顧客が感じる価値との間にずれが生まれる可能性がある。
こうした点を踏まえると、企業が価格を考える際には、少なくとも二つの時間軸を分けて見る必要があるとも言える。

消費者が見ているのは「高いか」より「なぜ、その差があるか」
次に、見方を変えて、価格差に関する消費者の受け止めの視点から整理する。
ある研究によれば、原材料や人件費の上昇に伴って価格を改定する場合、新しい設備やサービスに対して料金を上乗せする場合、需要の集中を背景に高い価格を設定する場合では、同じ値上げや価格差でも、生活者の受け止め方は異なる、とされている。
生活者は価格そのものとともに、「なぜ、その価格になったのか」を見ているためだ。
企業から見れば、需要が強い時間帯の価格を上げたり、支払意思額の高い顧客向けに上位サービスを用意したりすることは、希少な経営資源の効率配分や設備投資の回収といった観点からも一定の合理性がある。
しかし、その合理性が、そのまま生活者にとっての納得につながるとは限らない。
価格差の受け止め方には、企業側のコストや需要だけでなく、過去の商慣行や他の利用者との比較、さらには「この会社ならこう扱ってくれるだろう」という企業への期待も影響すると考えられている。
また、これは値上げの理由を丁寧に説明すれば、それだけで受け入れられるという訳でもない点には注意が必要だ。
ある研究によれば、新たな価値が加わった結果として価格差が生じているのか、仮に一部の利用者を優先するサービスであれば、通常の利用者にも十分な選択肢やサービス水準が残されているのか、こうした条件の積み重ねが、価格への納得感にも影響するとされる。
これは見方を変えれば、企業が生活者とどのように向き合い、どのようなサービスを設計しているのかという点にも及んでいるとも言えるだろう。
価格は、顧客との関係をどう維持していくかに関わる~価格面の公平性に関する問い
さらに、利用者に対する価格面の公平性という視点にも留意しておく必要がある。
ある研究では、価格差を細かく設定できる場合でも、顧客が「同じ条件なら同じ価格で扱われる」と期待している市場では、その期待を守ることが企業への信頼や需要を支え、結果として利益につながる可能性も示されている。
もちろん、公平性は価格設計における一側面に過ぎない。しかし価格差への納得のみならず、企業への信頼や継続利用にも波及し得る可能性があり、無視しにくい要素でもある。
今日得られる追加収益と引き換えに、顧客が感じてきた価値や信頼をどこまで使っているのかまで視野に入れると、価格設計は単なる収益管理にとどまらず、顧客との関係をどう維持していくかという経営判断にも広がっていく。
価格設定を経営判断として考える――Consumer Well-beingとの3つの接点
ここまで見てきたように、企業の持続には適正な収益が必要であり、利用者ごとに異なるニーズに対応することにも価値がある。
そのうえで、価格やサービスの細分化が進む環境において、企業がConsumer Well-being(消費者のウェルビーイング)と収益との両立を考えるために、価格改定や上位サービスの導入時に持っておきたい問いとは何だろうか。
本稿で取り上げた先行研究なども踏まえ、大きく3点に整理してみたい。
1|標準サービスとして何を守るのか~基本的なアクセスと快適性の確保
まず考えておきたいのは、値上げやプレミアム化を進めるなかで、企業がどこまでを標準的なサービスとして維持するかという視点である。
たとえば、都市部の鉄道では、通勤車両にグリーン車などの上位サービスが併設されることも珍しくない。こうした選択肢が増えることには価値がある一方で、通常利用者についても、安全性、利用しやすさ、一定の快適性といった基本部分が十分に維持されていることが重要な論点になるだろう。
JR東日本は2026年3月の運賃改定で幅広く運賃を見直す一方、「幹線」「地方交通線」の通学定期運賃は据え置いた。特に公共性の高いサービスでは、所得や支払意思額にかかわらず、多くの利用者が利用できる基本的なサービス水準をどこまで確保するかが大切な視点と思われる。
2|一部利用者の便益を他者の負担でつくっていないか~プレミアム化による負の影響を抑える
次に、一部の利用者に提供する追加価値が、ほかの利用者にどのような影響を及ぼすかという視点がある。高額な個室などが新たな選択肢を増やす一方、優先サービスの拡大によって通常利用者の待ち時間や利用機会に影響が及ぶのであれば、その影響も含めて評価する必要がある。
3|企業理念との整合性がとれているか~価格設計に顧客志向と包摂性を映す
そして、価格と企業理念との関係を見ておくという視点も欠かせない。
たとえば、顧客第一、地域との共生、包摂性、サステナビリティなどを掲げる企業は多い。こうした理念は、環境対策や社会貢献活動だけで評価されるものではなく、生活者が日々接する価格やサービスにも、その企業らしさが表れる側面もある。
その点に関して、ある研究では、社会的な取り組みに積極的な企業ほど、「この会社なら公正に顧客を扱うだろう」という期待が高まるとされる。
さらに、そのような期待と価格改定との間に一度ずれが生じると、価格への評価が厳しくなる現象も指摘されている。
価格は企業理念と切り離して考えるものではなく、顧客が実際の取引を通じて、その企業の姿勢を確かめる接点の一つにもなっている。
この点は、価格改定による追加収益を考える際、過程で自社が長年築いてきた「公正な企業だという期待」を取り崩していないか、という視点も必要になることを示唆している。
終わりに~プレミアム化で「いくら取れるか」の先へ
今後、AIや顧客データの活用が進めば、企業は利用する時間や場所、需要、購買履歴などに応じて、価格やサービス条件をこれまで以上に細かく設定できるようになる可能性がある。
便利になる一方で、一人ひとりに異なる、パーソナライズされた条件を提示できる社会では、価格差そのものが見えにくくなる可能性もある。
一人ひとりに違う価格やアクセス条件を提示できる社会で、その公平性をどう保つのか。
本稿で見てきた様に、価格設定は収益管理だけにとどまらず、顧客のうち、誰の時間を短くし、誰の安心を高め、誰にどのような選択肢を残すのかを決めるサービス設計上の論点でもある。
その検討に向けて配慮する視点として、本稿では、標準的なサービスをどこまで守るのか、一部の利用者の便益が他の利用者への負担につながっていないか、そして、その価格設計が企業自身の掲げる価値観と整合しているか、という3つの問いを提示した。
こうした問いは、価格設定を通じてConsumer Well-beingをどのように支えながら、企業として持続的な収益や顧客との関係を築いていくかという、企業経営そのものの課題にもつながっている。
言い換えれば、価格設定もまた、顧客志向やサステナビリティ経営を、生活者との接点で具体化する企業行動であり、経営判断の一つになっているとも言えるのではないだろうか。
(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 生活研究部 主任研究員 小口 裕)