(ブルームバーグ):ネパールの税関職員プレム・プラサド・スベディ氏(50)が最初に異変を感じたのは、手元のキーボードが揺れ始めたときだった。「まるで竜巻が起きているような感じだった。ヘリコプターが着陸するときに感じるような、強烈な風だった」という。
スベディさんは現地時間26日午前8時ごろ、中国チベット自治区との国境に近いネパールのラスワ郡にある職場に出勤した。いつもと変わらず、事務仕事をこなす一日になるはずだった。
だが、それから1時間もたたないうちに状況は一変。近くの氷河から巨大な氷塊が崩れ落ち、ヒマラヤの谷を猛烈な濁流が襲った。
何が起きているのか分からないまま、スベディ氏は外へ飛び出した。「最初は地震か、上の山から岩が崩れ落ちてきたのかと思った。それとも洪水なのか。みんなであれこれ推測していた」と振り返る。
その日の朝、税関事務所には数人が出勤していた。責任者のラジェンドラ・ドゥンガナ氏によると、職場があったのはチベットとの国境から約3キロの場所だ。「外に出ると、濁流がものすごい速さでこちらに迫ってくるのが見えた。ごうごうという大きな音がしていた」と同氏は語った。
巨大な氷塊が眼下の谷へ崩れ落ちて砕け、巨大な水の壁が生じるなか、スベディ氏らには、鉄砲水が中国側から押し寄せてきたように見えたという。
「まず風が来て、約10秒後に揺れとごう音が続いた。辺りは水しぶきやほこり、土ぼこりが入り交じり、すさまじい音がしていた」とスベディ氏は話す。
地震データと衛星データに基づく分析によると、最初の洪水は26日、ネパールとチベットの間にあるヒマラヤ地域で氷河とその下の岩盤が崩壊したことが引き金となった。これに伴いマグニチュード5.2に相当する揺れが発生し、水や氷、岩石、がれきが下流へ押し流された。
これまでに少なくとも547人の死亡が確認されている。現地では猛烈な勢いの濁流が村々を襲い、橋や道路、集落全体を押し流した。死者数は今後さらに増えるとみられている。
ドゥンガナ氏によれば、これまでも川の増水や大雨で洪水の恐れがある場合、中国の警察から警告を受けていた。しかし、「その日は何の連絡もなかった」という。

スベディ氏によれば、濁流が襲った当時、一帯には2500-3000人ほどがいたとみられる。濁流が猛烈な速さで押し寄せるなか、わずか数秒の判断が生死を分けた。スベディ氏やドゥンガナ氏らに残された唯一の選択肢は、山を駆け上がることだった。
外へ飛び出して数秒後、高さ約1.5メートルの水の壁が猛烈な勢いで迫ってくるのが見えた。その勢いは、地面が揺れているように感じるほどだったという。「何が起きているのか分かると、山に向かって一目散に走った」とスベディ氏は語った。
職場のすぐ外には道路があり、民家2軒の前を通り過ぎると、25メートル先に山道があった。逃げ場が急速になくなる中、一行は斜面をよじ登った。「頭にあったのは一つだけ。上へ逃げろ、ということだった」とドゥンガナ氏は振り返った。

逃げる途中、下から津波のような大きな波が押し寄せてきた。スベディ氏は走っている最中に転倒して頭を打ったが、両手で木につかまり、体を起こした。「あの15秒の間に走り出せた人は助かった」と同氏は話す。
助かるにはできるだけ山の高いところまで登るしかないと考えたドゥンガナ氏は、一心不乱に「30分間ひたすら登った」という。
ようやく下を見た時の光景を、ドゥンガナ氏はこう振り返る。「白かったものが全て黒くなっていた。その瞬間は、何もまともに考えられなかった」
スベディ氏らは立ち止まることなく、約1.5キロにわたって山を登った。水がここまでは来ないと確信できたのは、その時になってからだった。
高台にたどり着くと、全員が息を切らしていた。それでも、「また水が押し寄せるのではないかと怖くて、ひたすら登り続けた」という。
彼らが働いていた税関事務所は、ほとんど跡形もなくなっていた。「以前は緑に囲まれ、活気のある場所だった。今は何もない。残っている建物は二つだけだ」とスベディ氏は語った。
同氏によると、職場の同僚や支援スタッフら約15人が今も行方不明のままだ。その中には、災害発生のわずか15分前に一緒にお茶を飲んでいた人や、その朝にバドミントンをしたり、散歩したりした人もいた。
「それが、わずか1時間のうちに全て起きた」。スベディ氏はとドゥンガナ氏はヘリコプターで救助され、搬送されたカトマンズから取材に応じた。
一帯につながる道路約40キロは完全に流され、橋も全て失われたという。「どれほど多くの人が犠牲になったのだろうか。想像もつかない。信じられない」とスベディ氏は語った。
原題:‘It Felt Like a Cyclone:’ Nepal Survivors Recall Terror of Flood(抜粋)
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