【記事の要旨】

・ドイツや米国の政治を揺さぶるロシアの偽情報工作「ストーム1516」

・偽の内部告発とインフルエンサーで動画を拡散させる「物語のロンダリング」

・AI技術で捏造される情報と、西側諸国における規制や対策の遅れ

「偽情報の黄金時代」の到来。ロシアの工作グループ「ストーム1516」とAIデープフェイクの脅威

AI(人工知能)技術の発展とSNSの普及に伴い、インターネット上では「偽情報」がかつてない勢いで拡散されています。その中心にいるのが、ロシアによる組織的な情報工作です。ロシアは捏造された画像や動画、インフルエンサー、さらにはAI技術を駆使し、西側諸国の社会に混乱と疑念を植え付けようとしています。これは単なる噂話の域を超え、各国の民主主義や世論を直接揺さぶる深刻な脅威となっています。

ドイツの政治家を襲ったでっち上げ動画とロシアの影

2024年末、ドイツの選挙戦の最中、ある衝撃的な動画がネット上に浮上しました。それは、当時の緑の党党首で副首相を務めていたロベルト・ハーベック氏から、過去に学校訪問時に性的暴行を受けたという女性の「告発」動画でした。

一見すると本物の被害者が苦しみを語っているように見えますが、大画面で詳細に観察すると目元の動きや表情、口の動きに不自然な変化が確認できます。

調査の結果、この動画は完全な偽物であり、ロシアのフィギュアスケート選手であるユリア・リプニツカヤ氏の顔画像をAIで合成・加工し、別の役者の映像に重ね合わせたものであることが判明しました。この事件の背後に存在していたのが、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)やクレムリンの指導のもとで暗躍する偽情報拡散グループ「ストーム1516(Storm-1516)」です。ドイツ当局も、このグループがドイツの国内情勢や選挙を不安定化させる目的で工作を行ったと断定しています。

「ナラティブ・ロンダリング」の手口とAIによる巧妙化

ロシアによる偽情報工作の歴史は古く、ソ連時代には「HIVはアメリカの研究所で開発された」という陰謀論を広めた歴史があります。しかし、現代のストーム1516が用いる手法は極めて巧妙化しています。研究者が「ナラティブ・ロンダリング(物語のロンダリング)」と呼ぶこのプロセスは、以下のようなステップで実行されます。

1.偽の物語の作成:ジャーナリストや政府の「内部告発者」を装った偽のストーリーや動画を作成します。役者にはサンクトペテルブルク在住のアフリカ系の人々などを繰り返し起用し、AI音声加工で声を偽装します。

2.専用サイトへの掲載と拡散:作成したストーリーを専用ウェブサイトに掲載し、実在するインフルエンサーや親ロシア派の独立系ジャーナリストを利用してSNS上に解き放ちます。

3.世論への浸透:インフルエンサーの拡散によって動画やニュースが何百万回も再生され、一般の人々の間で議論や噂が広がります。

この手口の恐ろしい点は、本物のニュースと偽情報を混ぜ合わせ、社会の「傷口」となっている感情的なテーマに塩を塗り込む点です。例えば、「ウクライナのゼレンスキー大統領が支援金で高級ヨットを購入した」という偽情報はSNSを通じて瞬く間に広がり、アメリカの政治家の発言にも影響を与えました。また、ドイツの極右政党AfDの投票用紙が破棄されているという捏造動画もSNSで何百万回も拡散され、世論の不信感を煽りました。