戦争中に発売されたアメリカ軍の飛行機の音を収録したレコード「敵機爆音集」。当時、日本はこのレコードで敵の飛行機の爆音を覚えて、空襲に備えるよう国民に求めていました。戦時中「役立たず」と言われ、差別を受けてきた視覚障害者たち。しかし、戦争がはじまると、「耳がいいだろう」と戦争に役立つことを求められました。視覚障害者たちの記憶を喜入友浩キャスターが取材しました。

24時間体制で敵機を監視した「防空監視哨」

栃木県鹿沼市。田畑に囲まれた自然豊かなこの町は、かつて、防空の最前線を担いました。今もその名残をとどめています。

「こちらが復元した『防空監視哨』です」

防空監視哨とは、太平洋戦争中、町に迫る敵の飛行機をいち早く察知し、報告するための施設です。

レーダーの開発に遅れをとっていた日本。頼ったのは、人間の目と耳でした。

市民に避難を呼びかけた空襲警報は、防空監視哨からの情報をもとに発令されていました。

鹿沼市の防空監視哨は、宇都宮や東京などを守るためだったといいます。

監視にあたったのは、主に10代後半の地元の青年。24時間体制で空を見張りました。

防空監視哨は、全国約2000か所に設置されていましたが、現存するものはほとんどなく、資料の大半も廃棄されています。

私たちはその実態を知る人を探しました。