私たちはソーシャルメディアについて多くを知っている。日々、SNSを眺めて過ごす時間も長い。

それでも、長年にわたってSNSを取材し、仕事上、名前や顔、記事が人目にさらされてきた私たち記者には、SNSに投稿することにためらいがある。

ブルームバーグの同僚たちとそんな思いを共有していることに最近気づき、私たちはある実験をすることにした。6月の間、少なくとも一つの公開プラットフォームに毎日投稿する、という挑戦だ。

この1カ月、私たちは投稿への反応は予測できないこと、不安を感じたこと、そして自分たちのジョークがなぜこれほど寒いものになってしまうのか(その理由はまだよくわからない)といったことまで振り返った。

実験に入る前に感じていた気の重さは、思っていた以上に広く共有されているものだったようだ。私たちよりも「デジタルネイティブ」と言われる世代でも、事情は同じだった。

米調査機関ピュー・リサーチ・センターが2022年に公表した調査では、米国では10代の4割が、恥ずかしい思いをするのを恐れてSNSへの投稿を「頻繁に、あるいは時々」控えていると答えた。インターネット上で見せたい自分のイメージを傷つけないため、投稿を見送ることがあるとした回答も、同じくらいの割合だった。

投稿のハードルを下げようとAIを使ったコンテンツ作成機能を次々と投入してきたプラットフォーム企業も、こうしたためらいが存在することを以前から認識していた。

ツイッター(現在のX)が20年、投稿への不安を和らげることを狙って、一定時間で消える投稿機能「Fleets(フリート)」(現在は終了)を導入した際、当時の製品責任者はこう書いていた。

「自分の考えを公開することは気後れするものだ。ツイートは誰からでも見られ、返信される可能性があり、一度投稿するとずっと残るように感じられ、自分を演じているような感覚にもなる。何件の『いいね』やリツイートが付くだろうと気になる。多くの人が共感するのではないか」。

私たちも、まさにそう感じている。

1カ月に及んだ挑戦の結果は、人それぞれだった。同僚のカート・ワグナーは、「ほとんどの日は義務のように感じた」「思っていた以上に気力を使った」と話した。仕事以外のことを書いても関心を持たれないのではないかと最初は心配したが、実際にはシアトル・マリナーズや園芸に関する投稿が、メタ・プラットフォームズの「Threads(スレッズ)」で特に反応が良かったという。

一方、同僚のライリー・グリフィンは、より否定的な感想を持った。この実験で、SNSは「持てる者と持たざる者」の世界だと確信したという。

「投稿して反応を得るクリエーターと、クリエーターを眺めているだけの『その他大勢』のどちらかだ」と語った。投稿を増やしても居心地の悪さは変わらず、わずかにフォロワーが増えても、費やした時間や労力に見合わないと感じたとしている。

私にとって以前からの悩みは、主要なSNSが友人や家族との交流を中心とする場ではなくなったことは、プラスなのかマイナスなのか、ということだ。

一方で、Xやスレッズでは見る人の多くが見知らぬ人だからこそ、人からどう見られるかや、恥ずかしい思いをすることはあまりに気にせずに済み、気軽に投稿できるとも感じた。

ただ、かつてインスタグラムやリンクトインで、ごく親しい友人や家族、実際に知っている人たちに向けて気兼ねなく発信できていたころが懐かしい。今は、そうではなくなってしまった。

友人や家族との交流がSNSの中心でなくなった今、私たちはどうすれば、自分を演じているような気持ちにならずに投稿できるのだろうか。

こうした変化によって、私たちはただ伝えたいから伝えるという投稿をしなくなったのではないか。代わりに、見知らぬ誰かに自分がどう見られるか、世の中に自分の暮らしをどう見てもらいたいかを慎重に計算しながら投稿するようになっていないだろうか。

1カ月たった今も、その答えは見つかっていない。ただこれからも答えを探し続ける。その歩みを見守ってもらいたい。私はインスタグラム(alexandra.levine)、カートはスレッズ(kurtwag8)、ライリーはリンクトイン(rileyraygriffin)で発信している。

原題:Reporters’ Social Media Test Lands With a Thud: Tech In Depth(抜粋)

--取材協力:Riley Griffin、Kurt Wagner.

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