ニューヨークですしの値段がついに4桁の大台に乗った。3月のことだ。シェフの高山雅氏が手掛ける「Masa」では1席当たり1200ドル(約19万円)に上がった。この料金に飲み物やチップ代は含まれていない。

5月中旬にロッテ・ニューヨーク・パレス内にオープンした「Mitani New York」は、700ドルからになると発表した。ペアリングのオプションを追加すると2倍強の1500ドルだ。

こうした価格設定に多くの客が衝撃を覚えるのはもっともだ。2時間弱で終わることも多い食事が、なぜアップルの新しい「MacBook Air」より高額なのか。近隣の高級店と見分けがつきにくい空間で魚の小さな切り身がシャリと共に提供される体験を、個性に欠けて画一的だと感じる人も多いだろう。

米国での外食費用は2020年以降で約3割上昇したが、最も物議を醸しているのがメニューを委ねる「おまかせ」の値上がりだ。ニューヨークの一部のすし店では、急激に上昇した。Masaの料金は2019年終盤に約600ドル。アッパーイーストサイドの「Sushi Noz」は20年に395ドルで提供していたが、現在は550ドルだ。

もちろん、手頃な選択肢がないわけではない。米国内のすし店は現在1万7000店を超え、2020年から25年にかけて年平均約4.2%のペースで増加した。おまかせを提供する店も増え、60ドル前後で握りを1時間程度で楽しめる店から、簡単に500ドルを超える店まで存在する。

だが、筆者のように24年以上にわたって高級すしを食べ、「鮨さいとう」や「日本橋蛎殻町すぎた」など東京の名店を利用する機会に恵まれていたら、おまかせには価格に見合う価値があり、どの店も同じという感覚はなくなるだろう。

数百回に及ぶおまかせ体験を通じて、筆者は微妙な違いを認識し始めるようになった。例えば、包丁を何度も入れる角度によって、イカの食感がゴムのような弾力性からシルクの滑らかさへと変化する。

温度管理から昆布締めに至る緻密な熟成技術によって、大トロからいかに並外れた食感とうま味を引き出し、夏の桃のようにジューシーな一品に仕上げることができるか。そうした何百もの細かな決断の積み重ねが、至高の一貫につながる。

高級すしを一度食べると、一般的な店には戻れないとよく言われるが、そうではない。その後も、安くておいしいすしを楽しむことはできる。ただ、最高級の握りを味わう体験は、味覚を根本から変えてしまう。

ウニの独特な風味とクリーミーさの魅力が分かるようになるまで、私は少なくとも5回食べた。そして、その微妙な味わいに夢中になるまでに、さらに何度も注文した。

初めてカキを食べておいしさに目覚めた経験や、1本のボトルが赤と白という枠を超えてワインの定義を広げたという体験に心当たりがある人もいるだろう。そうした新しい感覚が一度開かれると、すしの味わい方は一変する。シャリが冷たすぎる、重すぎる、味が薄すぎると感じたり、下処理がまずければ、ネタの味が平板だったり、不快なかみごたえに気付いたりするかもしれない。

日本語の「こだわり」は完璧さを追求する際に使う言葉だが、一流のすし職人を突き動かす哲学でもある。すしを何十年握っても、ネタの切り方や締め方、温度管理、シャリとの比率には常に、さらなる追求余地があるという信念だ。食する側も一緒に学ぶことになる。そして一貫をいただく行為が何気ない一口から、奥深いディテールに満ちた体験へと変わる。

店の空間も味わおう。すし店は通常、数脚の椅子があるだけの簡素なつくりで、にぎやかなBGMが流れることもない。退屈に感じる人もいるかもしれないが、気を散らすものがないことは意図的なものだ。

すし職人は、控えめにエレガントな空間で、客には食事だけに集中してほしいと考えている。カウンターはひのきなどの特別な素材で作られていることが多く、高価な手作りの陶磁器やガラス器が用意されている。

職人と客の関係性を大きく深める距離感もある。職人は客の目の前に握りを直接置くことで、つながりを個人的なレベルに引き上げる。リアルタイムで微妙な調整を行い、シャリの量を減らしたり、客の反応や好みを観察して握りを調整したり、客が左利きだと気付けば向きを変えて提供したりする。

すし店の規模の小ささは経済的な制約を生む。伝統的なフランス料理やアメリカ料理の高級レストランであれば、客数や回転率、売り上げを伸ばすことで高い家賃や人件費に対応できる。これに対し、カウンター中心のすし店は、サービスの質を落とさないように1晩の客を20人ほどに制限しながら、高級食材をふんだんに使い、高い技術を持つ職人を確保し、高額な家賃も負担しなければならない。

経営者にとって厳しい計算は魚から始まる。傷みやすい魚介類は、世界のサプライチェーンを通じて慎重に輸送される。通常は日本から空輸され、レストランに翌日、直接配送されることもある。

高級店の経営者が支払うコストには目を見張るものがある。ニューヨークのブルックリンで唯一、ミシュランの星を獲得しているおまかせすしの店「Shota Omakase」は上質なウニの握りで知られる。

オーナーシェフのチェン・リン氏は「はだて」や「大千(だいせん)」といった市場にあまり出回らないウニを、400グラムのトレー1枚当たり500-2000ドル超で購入する(メーン州やカリフォルニア州などの米国内産ウニの標準的なトレーは約100ドル)。はだてのトレー1枚で通常約20貫をまかなえるため、1貫当たりの原価は約100ドルになる計算だ。これは人件費と米や生ワサビなどの代金を上乗せする前だ。

「Yoshino New York」では、シェフの吉田忠史氏が、1キログラム当たり約200ドルで購入する最高級の本マグロを通常提供している。真ん中の最高部分のみを使用するため余分な部分を切り落とすと、価格はさらに跳ね上がる。同店のおまかせは税やチップ、飲み物代を除いて500ドルだ。

最高級シーフードのコストは全体的に上昇している。Yoshinoのゼネラルマネジャーであるマックスウェル・レジャー氏によると、過去5年間はコストを押し上げる要因が重なった。世界的な需要急増に加え、関税とインフレ、日本での競りの過熱だという。

1月には、東京の豊洲市場で243キロの本マグロが約320万ドルという記録的な高値で競り落とされた。

さらに悪いことに、昨年、日本からの輸入品に上乗せ関税が発効した。「Sushi Noz」など小規模な6店舗を展開するニューヨークの「ウィー・オール・ガッタ・イート・グループ」の共同オーナー、ジョシュ・フォルキエ氏は「われわれは毎年、日本から数百万ドル相当を仕入れている。魚からしょうゆ、米、箸に至るまで、すべてに15%の関税が課されている」と語る。

毎日、数百ポンドの高級魚介類を翌日配送で空輸しており、材料費に「年間で7桁の物流・運送費用」が加わる。

同様にYoshinoでも、円安にもかかわらず昨年の平均食材費は2割近く上昇した。現在、コストは5割程度に達しており、時期によってはそれを上回ることもある。これは、高級レストランが採算の目安とする約3割を大きく上回る。

ネブラスカ州オマハにある「Ota」では、シェフのデビッド・アターバック氏が、脂の乗ったノドグロ(アカムツ)を1ポンド当たり最大160ドルで購入する。約1週間の熟成で重量は約10%減るため、実質コストは同247ドル近くになる。これが285ドルのおまかせコースの料金に反映される。

そしてシャリだ。日本人のすし職人にとって、これこそがすしの神髄だ。すしはシャリが8割と、東京の名店「鮨 なんば 日比谷」のすし職人である難波英史氏が近著「すしは進化する 変わりゆく江戸前、鮨なんばの表現」で指摘している。

すし職人は何度も握る経験から、酢や塩・砂糖のあんばい、最適な温度、シャリの水分量、形を整える際の力加減にいたるまで、細かい調整を学ぶ。

それは見習いが積み上げていく技術だ。まずは、米を研ぎ、水を注ぎ、のりをあぶりといった基本的な作業を何年もこなす。難波氏によると、客へのすし提供を大将に許されるまでには約5-10年かかる。自身は今でも、修行中だと感じるとも話した。

これだけの労力と注意力が注がれた素晴らしい結果を、技術や食材の質が300ドルの料金に見合っていないような店と比較してほしい。後者では、一流店の体験という幻想に対してお金を支払っていることが多い。

価格に敏感な客にとって真の問題は、すしが高価であることではなく、支払った金額に見合う価値が得られない店があまりにも多いことかもしれない。

とはいえ、すしにこれだけ支払おうとしない人が多いことも分かる。そのおかげで、筆者はカウンターの席を確保しやすくなっている。

原題:Why New York City Omakase Is Worth the $1,000 Price Tag: Essay(抜粋)

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