弱い雇用統計を受けた市場の反応は、AI関連の地合いの悪さを示唆

7月2日の米国株式市場は、AI関連の一極集中の巻き戻しが続いた。ハイテク株比率の高いナスダック指数が続落し、SOX指数は前日比▲5.44%と、まとまった幅で下落した。一方、ダウ平均は同+1.14%と、上昇した。この日は6月の雇用統計の結果が注目されたが、雇用統計が弱い結果だったことで、FRBのタカ派化懸念が後退したことがダウ平均の押し上げ材料となったという解説が散見された。しかし、この説明は後付け的な印象である。このところダウ平均はナスダック指数やSOX指数と比べて堅調に推移している。その背景には、イラン情勢の改善を背景とした原油価格の下落が個人消費などを支えるという見方が強まり、AI関連の一極集中が解消されてきたという流れがあった。そのように考えると、雇用者数の伸びを中心に弱い結果となった今回の雇用統計は、景気改善期待を高めるものではなく、これまでの流れの延長線上の動きとは言いにくい。

むろん、雇用統計が弱ければFRBのハト派化期待が高まるという面はあるのだが、現実的には景気のダウンサイドリスクが意識されなければ、ハト派化することはないだろう。景気のダウンサイドリスクを飛ばして、ハト派化期待だけが顕在化するという説明にはやや無理がある。

では、なぜこの日はAI関連が弱く、消費関連や景気敏感株が堅調だったのか。米国では3日が独立記念日の振替休日で休場となることから、ややイレギュラーな動きが生じた可能性がある。特に、債券市場は短縮取引だった。もっとも、AI関連株の地合いが非常に悪いという可能性も考えておくべきだろう。前述したように、AI関連の一極集中の巻き戻しは、原油価格の下落による物色の広がりという流れがきっかけだった可能性が高い。しかし、途中から相場のドライバーが変わり、AI関連のポジションを落とすことが市場の最重要テーマになっている可能性がある。そのように考えると、雇用統計が弱くて、景気に明るい見通しが持てなくても、アロケーション変更の観点からAI関連から景気敏感株などに投資対象がシフトすることもあり得るだろう。

さらに、次回の雇用統計や個人消費の関連指標などが弱含めば、AI関連株⇒景気敏感株という株式市場内におけるシフトにとどまらず、株式⇒債券という変化につながる可能性がある。その場合、株式市場全体が弱含むことになる公算である。3連休前であることは割り引いてみる必要があるものの、雇用統計が弱かったことに加えて、AI関連の一極集中の巻き戻しが続いたことを合わせて考えると、AI関連のダウンサイドリスクはかなり大きいと言わざるを得ない。

弱い経済指標でツイスト・スティープ化という違和感が残る動き

7月2日の米国債券市場では、弱い雇用統計の結果を受けて利上げ観測が後退し、イールドカーブがツイスト・スティープ化した。長期金利は前日比+0.4bp、2年金利は同▲3.7bpとなった。FF金利先物市場では、26年中の利上げ織り込みが約1.21回と、前日の1.45回から低下した。利上げ観測が後退して(ないしは利下げ観測が高まって)、イールドカーブがツイスト・スティープ化することは珍しくないが、弱い経済指標を受けた流れとしては、やや珍しいだろう。例えば、たいして景気が悪くないのにFRB高官がハト派化した場合などは、短中期金利が低下しても、景気やインフレの先行き見通しが上方修正され、長期金利はかえって上昇するということはよくある。しかし、今回のように景気が良くなさそうであるという弱い経済指標が得られた後の反応としては、やや違和感がある。株式市場と同様に連休前であり、短縮取引だったことから、長期債を買い進める動きが限定的だった可能性がある。追加的な経済指標の動向による面があるものの、AI関連の一極集中が修正されて市場が不安定化し、米景気の下振れリスクが意識され、徐々に長期金利の低下圧力が強くなっていくだろうと、筆者は予想している。

米雇用統計は弱めの結果、労働参加率の低下の背景を探る展開へ

米労働省が公表した6月の雇用統計は、非農業部門雇用者数変化が前月差+5.7万人にとどまり、市場予想を下回った。過去分の下方修正幅も大きく、弱い結果となった。失業率は4.2%と前月から小幅に低下したものの、労働参加率の低下によるところが大きいという見方が多く、ポジティブな評価は少ない。

ここで、労働参加率と失業率の関係を考えると、以下のような考察ができる。①労働市場にいる人が労働市場から退出する場合、失業率の分母である労働力人口が減る。そして、②一般に労働市場から退出する人は仕事を探すことを諦めた失業者であるケースが多いと思われ、失業率の分子である失業者数も減る可能性が高い。③分母>分子の状態で、分母と分子の数字が同数減少すれば、分数(失業率)は小さくなる。

労働参加率は61.5%となり、前月の61.8%から低下した。労働参加率の低下は26年以降に加速しており、25年12月の62.4%から、今回の26年6月の61.5%まで▲0.9%ptも低下している。ここで、仮に26年6月も労働参加率が25年12月と同じだった場合、労働力人口は実際よりも0.9%(62.4%-61.5%)多かったと計算できる。直近の16歳以上の人口は約2.75億人程度だったことから、労働力人口は250万人程度増加することになる。26年6月の労働力人口は約1.69億人だったことから、これが約1.72億人になる。そして、この労働力人口の増加分がすべて失業者になると仮定すると、失業者は26年6月の約709.4万人から約957.0万人に増加する。失業率を計算すると、約5.6%に達する。その場合、失業率は21年6月以来の高水準だったことになる。やはり、労働参加率低下の影響は大きい。

むろん、失われた労働力人口がすべて失業者だったという仮定が強すぎる面はある。例えば、足元の労働参加率の低下の要因として考えられるのは、(1)高齢化による自然減、(2)良い求人がないために就職を諦めた影響、(3)株高などによって働く必要がなくなった可能性、などが考えられる。このうち、特に(3)については、評価が難しい。仮に、もともとは仕事をしていたが、株価の上昇によってそれ以上は働く必要がなくなったとすれば、失業者の減少要因とはならない(失業率を押し下げる効果はない)。また、労働力が減る上に株高で引退するということであれば、個人消費はそれほど落ちない可能性もあり、需給バランスを考えるとインフレ的であるとも言える。労働参加率が低下している背景まで考えなければ、経済やインフレへの影響を判断することはできない。

労働参加率が低下している理由については、見方が分かれている。「過去18年間における資産ブームの結果として、退職する人が増えている可能性」「職場で人工知能(AI)時代に適応しようとするよりも、退職を選ぶ人々」(ダウ・ジョーンズ)という分析もあれば、25~34歳の層が全体の低下を主導したことを説明することは困難であり、「労働参加率全体の低下は統計上の『ノイズ』による部分が大きく、いずれ修正される」(同)という見方もある。他にも、「人口の高齢化や厳格な移民政策により、働ける人の数自体が減少している可能性がある」(ロイター)という指摘もあった。高齢化の影響は筆者も指摘してきたことだが、26年以降に労働参加率の低下ペースが加速していることを説明することは困難である。今後、AIなどに関係したやや後ろ向きの動きが多いのか、株高などによる前向きな動きが多いのか、見極める必要がある。

現時点では、実際の米国の労働市場の強さを断言することは難しい。しかし、平均時給の伸び率が緩やかに鈍化していることなどから総合的に判断すると、徐々に弱くなっているとみておくのが無難だろう。米国では原油価格の下落とドル高によってインフレ懸念が大きく後退している。その上で労働市場が徐々に弱くなっていくとすれば、追加的な利上げは不要だろう。筆者は引き続き、年末に1回の利下げが実施されると予想している。

(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)