現在、アメリカなどで承認されているがん治療薬の半分は、その延命効果を証明するものがありません。患者の助けになっているかどうかも定かではない薬に対して、社会は巨額の費用を費やしています。この背景にあるのは、株主のために利益を上げることを最大の目的とする製薬業界の存在です。臨床試験を迅速に進め、不確かな証拠であっても薬を承認させるよう、巨大な経済的圧力がかかっているのです。

がんという病気は、患者本人だけでなく家族全員に深刻な影響を及ぼします。レイチェル・コーブンさんの夫、ケンさんは2014年、40代後半で食道と胃の接合部に悪性度の高い腺がんの診断を受けました。化学療法が成功した1年後、がんは脳に転移し、主治医は2度目の治療を試みます。しかし、ケンさんは腸に感染症を起こして数週間入院し、健康状態は急激に悪化しました。「今思えば、二次治療は受けない方がよかったです」とレイチェルさんは振り返ります。

16カ月に及ぶ闘病の末、ケンさんは2016年に49歳の若さで亡くなりました。娘さんは「パパには、最後の数カ月は治療ではなく、私たちと過ごすことを優先してほしかった」と語っています。科学は病気の進行や生存期間を測ることは得意ですが、その人にとっての残された時間の「質」を測ることは苦手なのです。

患者の「生活の質」を奪う過剰な治療と迅速承認の罠

カナダのオンタリオ州キングストンでケンさんの腫瘍内科医を務めていたクリス・ブース医師は、一部のがん治療薬が拙速に承認されていると警鐘を鳴らします。彼は数年前に「Common Sense Oncology(良識あるがん治療)」という草の根連合を立ち上げました。患者の人生に本当に意味のある治療法だけを選別し、治療の基準を引き上げることを目指しています。

現在、一部の薬は期待するほど効果がなく、延命効果がないばかりか生活の質を下げ、患者を苦しめているだけではないかという認識が広まりつつあります。アメリカのFDA(食品医薬品局)が現在のがん治療薬の規制方法を確立するまでには長い歴史があります。1980年代から90年代にかけて、FDAはHIV活動家から「命を救う可能性のある治療薬の市場投入が遅すぎる」と激しい批判を受けました。そこで導入されたのが「迅速承認」という新たな制度です。

しかし過去20年間、FDAはこの制度を多用し、多くのがん治療薬を承認してきました。その際、患者の実際の生存期間ではなく、スキャン画像上で腫瘍の増殖を遅らせる「無増悪生存期間」という指標が主な基準とされました。この指標は患者の実際の生存期間を予測するものではないことが分かってきているにもかかわらず、製薬会社とそれに同調する患者団体は「迅速な承認が必要」と主張し続けています。