対話型人工知能(AI)「クロード(Claude)」を展開する米アンソロピックが進化したモデル「Mythos(ミュトス)」を公開する前、中国では「逆DeepSeek(ディープシーク)」のような状況になるのではないかと警戒する向きもあった。

DeepSeekは2025年初頭に安価だが極めて高性能なAIモデルを発表し、世界を驚かせた。だが、中国勢への注目がどれほど高まっていようとも、米国の主要AI企業が依然として先頭を走っていることを連想させたエピソードだった。

しかし、トランプ米政権はミュトスおよびミュトスの機能を制限した姉妹モデル「フェイブル(Fable)」について、外国人による利用を禁止した。これが、中国のオープンソースAIにとって格好の無料広告になってしまった。

トランプ政権の命令を受け、アンソロピックがミュトスとフェイブルへのアクセス停止を発表すると、中国のAI企業、北京智譜華章科技はこれを好機と捉えた。北京に本社を置く智譜は、これまでで最も高度なモデルを公開すると発表し、さらにそれをオープンソース化すると明らかにした。

特定モデルへのアクセスが突然制限されたことについて、智譜の共同創業者、唐傑氏は13日、「極めて遺憾だ」とX(旧ツイッター)に投稿。その上で、「技術的ではない理由によって最先端モデルへのアクセスが突然遮断される今だからこそ、私たちは一つのことをより強く確信している。科学はグローバルであるべきだ」とコメントした。

アンソロピックは米政府の命令を米東部時間12日午後5時21分に受け取ったと資料で説明しているが、これを意識してか、唐氏は新しいAIモデルを一部利用者向けに「今晩5時21分」に公開すると明らかにした。

モデルをオープン化することで、十分なハードウエアを持つ企業や政府、組織はそれをローカル環境で運用でき、気まぐれに利用がストップされることを心配する必要がなくなる。

ナレッジ・アトラス・テクノロジーとも呼ばれる智譜は香港に上場しており、同社の株価は15日の取引を33%高で終了した。あるアナリストがブルームバーグ・ニュースに語ったように、アンソロピックがアクセス制限を余儀なくされる中で、智譜は強力なメッセージを発信している。

トランプ政権の命令は、本来意図されていたように米国のAI優位性維持を図るどころか、その脆弱(ぜいじゃく)さを露呈する結果となった。

筆者が以前指摘したように、中国の最先端AIモデルとシリコンバレー最高峰のモデルとの性能ギャップは今年、縮小ではなく拡大していた。しかし、世界がそのテクノロジーにアクセスできないのであれば、それは無意味だ。

米中の問題にとどまらず

米ブルッキングズ研究所のカイル・チャン氏によれば、一部の中国オープンソースAI企業は今、「絶好の稼ぎ時」を迎えている。そうした企業自らですら想像できなかった販売促進の機会を無償で与えられた。

さらに問題なのは、今回の輸出規制が敵対国だけでなく、米国の同盟国やアンソロピックの外国籍社員にまで及んだことだ。つまり、これらのモデルの開発に携わった人々まで対象となった。

米国のAI基盤の上に各国がテクノロジーを構築していくことを望む米政府の構想は、それが不透明な政治リスクを伴うのであれば、全く説得力を失う。

他国もこの動きを注視している。フランス大統領候補の1人は、この措置を警鐘と捉え、「テクノロジーを他国に依存する国家は、一夜にして電源を切られる可能性がある」と訴えた。カナダのカーニー首相も14日、「これをただ受け入れ、教訓を得ず、拡充や多様化を進めないなら、われわれは間違ったことをしたことになる」と語った。

中国のAI企業は、世界の指導層が口にするこうした危惧を、今まさにマネタイズ(収益化)しようとしている。ミュトスとフェイブルを一晩で復旧させたとしても、高まりつつある懸念を沈静化することは難しいだろう。

タイミングも最悪だ。今回の問題はAIコストを巡る激しい議論と、価格競争が始まった中で起きている。天文学的な数字のAI投資コストが現実のものとなろうとする今、多くの経営者は最先端モデルに本当にそれだけの価値があるのか考えざるを得なくなっている。

中国製AIの大きな魅力の一つは、アンソロピックや米OpenAIの最上位モデルと比べて価格がかなり低いという点だ。

実際に乗り換えも進んでいるようだ。最新モデルの75%割引を恒久化すると先月発表したDeepSeekは、AIツールが処理するデータ単位であるトークン使用量に基づくオープンルーターの大規模言語モデル(LLM)ランキングで引き続き首位を維持している。

米国のAIは依然として最上位ベンチマークでは優位に立つ。しかし、日常的なデスクワークを自動化したいだけの企業は、量子物理学について推論できるシステムを必要としているわけではない。

十分に使えて安価なAIは、もともと中国勢にとって大きなセールスポイントだった。そして今や、それに加えて、これまで以上に信頼できる存在に見え始めている。

一部報道によると、ミュトスとフェイブルに対する規制強化は、中国からアクセスされることへの懸念が一因だったという。米国のAI優位性を守ることが最新AI利用制限の目的だったのであれば、トランプ政権のやり方は裏目に出た。

この一件は、長らく安全性重視のAI研究組織として自らを位置付け、より多くの規制を歓迎してきたアンソロピックにとって極めて気まずいものだ。リスクを理由とする混乱した規制介入の渦中に置かれた同社は、自らの安全対策で十分だと主張している。

しかし、これはアンソロピックだけの問題ではない。中国のAI企業が今回の動きを歓迎するのは当然だ。だが、これを中国政府にとっての単純な勝利として捉えるなら、より大きな過ちを見落とすことになる。

世界各国は笑うよりも警戒すべきだ。AIの安全性に関する真剣な議論を米中競争という視点が損ねてしまった。テクノロジーの進歩はどの国の統治能力よりも速いペースで進み続けている。この競争で敗者となるのは、米政府でも中国政府でもなく、その他全ての人々かもしれない。

(キャサリン・トーベック氏はアジアのテクノロジー分野を担当するブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。CNNとABCニュースの記者としてもテクノロジーを担当しました。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの見解を反映するものではありません)

原題:China Is Seizing on the Anthropic Retreat: Catherine Thorbecke(抜粋)

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